それぞれの公務#6 | 巡り巡って

巡り巡って

韓国ドラマ「宮〜Love in Palace〜」の二次小説のお部屋です

チェギョンは全ての公務が終わり、自室に戻って来ていた。

皇太后も両陛下、そしてユルも傍にいて助け舟を出してくれたお陰で大きな失敗をする事もなかったし、心配していたカヤグムの演奏も

ほぼ間違う事なくやり遂げた。

王族も記者の反応もまずまずといった所だろう。

 

ベッドに腰掛けてカカオトークのアイコンをタップして開く。

相変わらずシンからの返信はないまま。

ただ、未読のマークは消えているから読んでくれてはいるのだ。

電話にも出てくれない上にメールも読んでくれなかったら流石のチェギョンも落ち込んでしまうだろう。

 

「はっ!読んでくれてはいるけど返事ないって事は…既読無視じゃん!!!それって同じ事じゃない!!」

 

大きな独り言を叫ぶとそのまま後ろに倒れこんだ。

高級ベッドはその身体をすっぽりと受け止めてくれる。

 

「はぁ…コン内官おじさんの情報によると普段と変わらないシン君だっていうし、怒ってないっていうし、だったら一言でも返事してくれたっていいのにさぁ…。

まぁ、確かに一々返事してくるようなマメな男ってイメージでもないけどー…。

もしかして!!メールってシン君が読んでるんじゃなくてコン内官おじさんが読んでたとか!?」

「酷い言われようだな。ちゃんと読んでたさ」

 

そこにいるはずのない声が聞こえ、勢いよく起き上がった。

 

「えっ!?シン君!?本物!?」

「当たり前だ。どうしてそんな発想が出るんだ」

 

大きな目を更に見開いて固まったままのチェギョン。

 

「え…?なんっ‥どう…こっ」

「“何で、どうして、ここに?”って?ちゃんと喋ろ。

公務が終わって自分の家に帰って来たんだが?普通は奥さんが出迎えてくれるんじゃないのか?

パビリオンに入ったらお前の部屋からバカでかい独り言が聞こえたから来てみれば全く…。

僕の悪口を言っていたとはね」

 

そう言いながらゆっくりとチェギョンに近づいていく。

 

「だっ…て、じゃあどうして返事くれなかったのよ!」

 

キッとシンを睨み強い口調で言い返す。

 

「私が‥私が1人でどれだけ心細かったか分かる?

そりゃあシン君は公務なんて慣れっこだろうけど、私にはまだ無理なんだよ…。

一言、たった一言“頑張れ”って言ってくれるだけで良かったのに…。

ただでさえ、喧嘩したままタイに行っちゃって仲直りしようにも出来なくって、シン君まだ怒ってるのかな…とか色々考えて‥不安になって…」

 

声もか細く、俯いていくチェギョン。

 

「すまなかった」

 

言葉と同時にチェギョンの身体が温かい何かに包まれた。

シンが抱きしめていたのだ。

謝りの言葉もそうだが、自分を抱きしめている事にも驚きを隠せないチェギョン。

 

「なによ!急にこんな事っ!それに何!?“奥さんが出迎える”ですって!?

今まで“お帰りなさい”って言っても散々無視してきたのはどこの誰よ!私の事なんて見向きもしないで!それに私達は普通の夫婦とは違うじゃない!

だからこそ私はシン君に寄り添おうとしてるのに私に何の関心も示さないじゃない!それを今更…!!」

 

シンの胸をドンドンと叩きながら訴える。

ずっと我慢していた事が次々と口から溢れ出て止まらない。

チェギョン自身も制御できないでいた。このままではもっと酷い事を言ってしまうのではないか…

そう思っていたら、叩いていた両手をシンに捕まれチェギョンの動きを封じられた。

 

「すまなかった」

 

もう一度シンは謝った。

先程よりもゆっくりとした口調でチェギョンに気持が伝わるような言い方だ。

 

「僕はお前が言う“普通”が分からないんだ。ずっと特殊な環境で育ってきたんだ。分かるだろ?」

「そう‥だとしてもっ!メールに返信する事や喧嘩した相手が謝ってきてるんだからそれに対して何か言う事は育ってきた環境なんて関係ないわ!常識よ!」

 

涙を零しながら必死で訴える。

 

「だから分からないんだ。いや、分からないというより戸惑いに近いのか。

メールなんて業務連絡が殆どだから肯定か否定でしか返した事ないし、そもそも僕は喧嘩をした事がないから謝るとかそういう経験がないんだ」

「え…?」

 

ヒョリンとメールはしないのか?

疑問が頭に浮かんだが、シンの前でヒョリンの名前を出すのは嫌だったし、言った所でシンから「お前に関係ない」なんて言われるのが安易に想像できた。自分が惨めになるだけだとその疑問は飲み込んだ。

 

「とんだ皇太子病ね…」

「ふっ、何だそれ」

「“オレ様”って事よ!全く…こんな人にずっと仕えてるコン内官おじさんの苦労が目に浮かぶわ」

「何を言うんだ。僕はコン内官を困らせた事なんて…」

 

ない。

そう言いかけたが止めた。

ついさっきホテルを抜け出してヒョリンと会い、困らせ心配をかけたばかりだ。

ホテルに戻りコン内官に会った時のあの表情。言葉では何とも言い表せない。

本当に申し訳ない事をしたと心から思っている。

何も考えずにシンに会いに来たヒョリンと同じ事をしてしまったのだ。

 

「その顔…心当たりあるんでしょ!」

「はぁ!?そんな事はないぞ!」

 

ヒョリンと会っていた事を何故だかチェギョンに知られたくなかった。

 

「それよりもお前だ!よく頑張っていたようだな。ニュースも読んだ」

「でしょー?本当に頑張ったんだから!沢山助けてもらったんだけどね。まぁ1番助けて欲しい人からは助けてもらえませんでしたけどねっ!」

「だからなのか?あまり食べてないとチェ尚宮から報告があった」

 

嫌味を込めてシンに言ったのだが、嫌味と受け取らなかったのか逆に心配されてしまった。

 

「えっ?いや、違うよ。緊張して食べれなかっただけだよ。ホント大丈夫だから!」

「ならいいが…。お前の取り柄は元気に何でも食べる事だろ?」

「何それ!酷いっ!」

 

ぷぅーっと頬を膨らませて抗議する。そんなチェギョンを見ると自然と笑みが零れた。

 

「そういえば僕がいない間、勝手に部屋に入っただろ?しかもこれの犯人はお前だろ」

 

言いながら見せるはアルフレッド。タイへ行く前と明らかに違う点。それは服を着てるのだ。

 

「あ、バレた?」

「バレないと思う方がおかしいだろ」

「公務の合間の気分転換にちょっとね!どう?上手くできてるでしょ?今着てる以外にもあるんだよ!」

 

アルフレッドが着ている服は見覚えがあった。シンが公務で着た事があるスーツだったからだ。

聞けば作った服は全てシンが公務や東宮殿で着ていた服を再現したらしい。

しかもその服たちはシンのクローゼットの一角に収めてあるという。

 

「お前…ちゃんと寝てたか?」

「何で?寝てたよ?」

 

多分嘘だろう。

食欲不振、寝不足…。それに加え疲労やストレスもあるだろう。

シンも心配をかけた。

 

「ほら、土産だ」

「ほぇっ?」

 

シンが隠し持っていた細長い箱でチェギョンの頭をポンと叩いた。

チェギョンは何を言われたのか分からないといった顔で頭の上にある箱に手を伸ばした。

 

「えぇ!?本当にお土産!?シン君が!?嘘でしょ!?」

「何だ、いらないのか」

 

あまりの言われようにチェギョンが取った箱を奪い返そうとした。

が、素早くかわされてしまう。

 

「そうは言ってないじゃない!ありがとう!嬉しい!!」

 

そう言って先程よりも頬を赤く染めて笑うチェギョン。

シンの心臓が ドクンッ― と高鳴った。

 

「うわぁ!綺麗…!!」

 

想像以上に嬉しそうなチェギョンに、照れ臭くなるシン。

 

「うんっ…と、あれっ…?」

「ホラ、貸してみろ」

 

ネックレスを上手く付ける事ができないチェギョンの後ろに回り、引き輪を止めた。

またそこで、ドクンと心臓が高鳴る。

こんなにも細い首だっただろうか、色も白い。何よりも止めやすいようにと髪を上げた時に見えた、うなじ部分。

 

「ありがとう!どう?似合う?」

「えっ?あ?ま、まぁ僕のセンスのお陰だな!」

 

くるりと振り返ったチェギョンに動揺を悟られないよう答えた。

 

「ふふっ、ありがとう!」

 

そんなシンを気にする事もなくお礼を言うチェギョン。本当に嬉しかったのだろう。

 

「お姉さーん!!見て見てー!!これシン君が…」

 

女官達にも見てもらおうと駆け出して行く。

 

「お、おい!待て!!」

 

恥ずかしくて堪らないシンはその後を追う。

一時はどうなるかと心配したコン内官も安心したように2人の姿を見守っていた。