ロのINF条約離脱が揺さぶる日本の「非核三原則」

2019年2月4日

 

 米国が2月1日、中距離核戦力(INF)廃棄条約が課す義務の履行を2月2日以降停止すると表明した。米政府はロシアが2017年に実戦配備した地上発射型巡航ミサイル「SSC8」が同条約に違反していると主張。「過去6年の間に30回の協議をしてきたが成果は上がらなかった」(米政府)と非難した。これを追ってロシアも同2日、同条約の義務履行を停止する意向を明らかにした。ロシアは米国の主張を否定するとともに、米国が欧州に配備するミサイル防衛システムこそ同条約違反と応酬していた。

 

 INF廃棄条約は、米国とソ連(当時)が1987年に締結した史上初の核軍縮条約。射程500~5500km(中距離)の陸上配備型弾道ミサイルおよび同巡航ミサイルを廃棄、開発・保有しないと取り決めた。

 

 米ロの一連の動きには注目すべき点が3つある。第1は、米ロが互いを責め合っているように見えるが、実は、同条約が失効することに共通の利益を見いだしていること。第2は、同条約から離脱することで、米国が東アジアにおける軍事力の“不均衡”を解消できるようになること。第3は、第2の“不均衡”解消が、日本にメリットとデメリットをもたらすことだ。

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INF廃棄条約の破棄、「言い出しっぺ」はロシア

 

 第1に挙げた米ロ共通の利益は、両国がそれぞれ抱える周辺国との軍事的“不均衡”を解消できるようになることだ。英国王立防衛安全保障研究所アジア本部(RUSI Japan)所長を務める秋元千明氏は「冷戦時代に結ばれたINF条約は現代の戦略環境に適したものではなく、むしろ安全保障の足かせになっているというのが米ロ双方の一致した見解」と指摘する。

 ロシアの周辺では中距離ミサイルを配備する国が増大している。イエメン、イスラエル、イラン、インド、韓国、北朝鮮、サウジアラビア、シリア、中国、パキスタンなどだ。このうちイスラエル、インド、中国は核保有国でもある。ロシアはこれらの国との間で、中距離核戦力における均衡状態を回復したいところだが、INF廃棄条約のため果たせずにいる。

 一方の米国も東アジア地域において、多数の中距離ミサイルを保有する中国、および北朝鮮との間に中距離核戦力における不均衡を抱える。この点は第2の注目点として後述する。

 実は、INF廃棄条約を破棄する可能性を先に示唆したのは、上記の国々に囲まれたロシアだった。ウラジーミル・プーチン大統領は07年10月に米国務長官および国防長官と会談した際、「条約の枠組み内にとどまることは難しい」「米ロ2国間の条約を世界的な条約に拡大すべきだと考える」と発言している。

 

米国は東アジアにおける戦力の均衡を図る

 

 米国は東アジアにおける中距離核戦力の不均衡を懸念している。それをもたらしているのは中国と北朝鮮だ。中国は「A2AD」と呼ぶ対米軍事戦略の一環として、大量のミサイルを配備している。米国のハリー・ハリス太平洋軍司令官(当時)は17年4月、「中国人民解放軍は2000発を超える弾道ミサイルと巡航ミサイルを保有している。このうち95%は、中国がINF廃棄条約の締結国であれば、違反に当たるものだ」と指摘した。さらに、これらのミサイルの一部は通常の弾頭だけでなく核弾頭も搭載できる。

 

 米国は現在、中国のこのミサイル群に直接対抗する中距離ミサイルを保有していない。仮にINF廃棄条約が失効すれば、米国は東アジアに中距離核戦力を配備し「中国がミサイルを発射したら米国は核兵器で報復する、と示すことで抑止が可能になる」(拓殖大学の川上高司教授)。

 

 北朝鮮が開発を進める中距離核戦力(日本を射程に収める)に対しても、米国は直接対抗する手段を保有していない。RUSI Japanの秋元氏は「北朝鮮の核ミサイルの開発をこのまま容認すれば、近い将来、北朝鮮が保有する核に対して、同じような地域配備の核抑止力を東アジアにも配備すべきだという意見が強まるだろう」と見る。

 

在日米軍基地に中距離核戦力配備が配備される……

 米国が東アジアに中距離核戦力を配備するとして、どこを選ぶのか。川上教授は「米国は、在日米軍基地に中距離核を配備できるよう日本に求める可能性が浮上する」と指摘する。

 

 米国はすでに、潜水艦や戦略爆撃機に核兵器を搭載して東アジアに派遣する体制を整えているが、どこに核兵器を配備しているかは明らかにしない方針。これに対して、日本の陸上に配備すれば、北朝鮮や中国に対して抑止力を明示的に示すことができる。

 

 ただし、もしそうなれば、日本には大きなメリットとデメリットが生じる。

 

 まずデメリットについて。その一つは「非核三原則」を見直す必要に迫られることだ。

 

 非核三原則は「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」との3項からなる。米国による在日米軍基地への中距離核戦力配備は、「持ち込ませず」と整合しない。同三原則の改定について国民の理解を求めるのは非常に困難だろう。これは日本の「国是」であり、国民から強く支持されている。憲法9条の改正を上回る政治問題になりかねない。

 

 加えて、中距離核戦力を配備した基地が、敵国の攻撃目標にされる恐れが生じる。二つ目のデメリットだ。

 

 一方で、メリットもある。北朝鮮による日米離間を阻止する効果が期待できる。核ミサイルをめぐる米朝協議が続く中、「米国は、米本土を射程に収めるICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発を北朝鮮が凍結するならば、核兵器の保有を事実上認めることで交渉を決着させるかもしれない」との懸念が消えない。この取引は、北朝鮮の核の脅威が米本土には及ばないため、「米国第一」を掲げるトランプ政権は受け入れやすいからだ。

 

 「この時、北朝鮮に中距離弾道ミサイルが残れば、日本に対する核の脅威はなくならない。日本にとって最悪のシナリオだ。米国による核抑止が日本に効かなくなるデカップリングが起こる可能性がある。ただし、米国が、北朝鮮を射程に収める中距離核戦力を日本に配備すれば、北朝鮮による日本への核攻撃を抑止することができる」(川上教授)。

 

 INF廃棄条約の失効は、日本にとっても我が事になる可能性がある。