ずいぶん前、まだエイベックスというレコード会社に所属していた頃。
いろんなアルバムを作った、いや、作らせていただいた。
良い時代だった。

その中に「友よ!」というアルバムがあって、副題が「あの出発(たびだち)を青春と呼ぼう」。今思えばかなりベタなものではあったが、いろんな歌を歌った。

その中に。クミコさんにこれ合うと思うと推され、アルバムに収めたのが吉田拓郎さんの「制服」だった。
音源を聞いた途端、子供の頃の風景が呼び起こされた。
「キューポラのある街」としても有名だった町工場ばかりの川口。
そこにはお兄ちゃんやお姉ちゃんがいた。
汗まみれで働く、お兄ちゃんお姉ちゃんたちは、集団就職でこの街にやってきたのだった。
目の前にあったお風呂やさんのお兄ちゃんには、時々風呂炊きの現場も見せてもらったし、食堂で皿を運ぶお姉ちゃんもいた。

みんな一生懸命働いていた。
そして私の父も、同じだった。
(その姿は「ヨイトマケの歌」の主人公と重なる)
地方から東京へ。
そこで家族を作り、でも、心は今でも、いや今はなおさら、故郷に残る。

ボケてしまった父親が「カネマチに電話しよう」と言う。
カネマチは水戸の町名で、父が生まれ育った所。
だあれもいない。
そのだあれもいない場所に、父は電話をしようという。

だあれもいない場所にリンリンと電話のなる音がする。
そこが故郷。

今度の「あの素晴らしい歌をもう一度コンサート」で、また「制服」を歌う。
人は、ただそこで生きる。今いるそこで生きる。
どうして「そこ」にいるのか、ふと振り返るけど、やっぱりそこにいる。
そして時々「あそこ」を思う。故郷という場所を思う。

「そこ」と「あそこ」は、生きるほど近くなるのか遠くなるのか。
わからない。