まず、お詫びとお礼を。
昨日の誕生日によせてのメッセージ、ありがとうございました。
もともと、こういう記念日系が苦手というナサケナイところがありまして。ごめんなさい。
お心を寄せてくださった皆様に、感謝申し上げます。


で。
昨夜、ちょっとしたお誘いがあって、銀座のお寿司屋さんに。
地下鉄から銀座に上がり、歩いていくと、ふううと深呼吸したくなった。
銀座には、独特の風が吹いている。
やっぱり、好きだなあこの街。


路地だらけで、でも、もちろん銀座だからどこか粋で。
小さい店の一つ一つに、経営者の誇りが見える。
なのに、どこか昭和初期のような感じさえする。
見たこともない戦争前の銀座に迷い込んでしまったような。
いや、きっとどこかにその時代の入り口があるに違いない。

そんな気持ちにさせる街。
今はすっかり老女になった母親と一緒に歩いた街。
初めて人前で歌を唄いはじめた街。
そんな私個人の小さな思い出さえ、どこかに溶け込んでいる。
そうして、多くの人々の思い出が、この街には溶け込んでいるのだろう。

お寿司屋さんでは、なんとシャンパンをいただいた。
もったいないことだなあ、と思いつつ、その後、冷酒を一合、ゆっくり一人で飲んだ。

一人で一合の日本酒。
飲むうち、しこったどこかがほどけていくような。
これが、今考え得る最高の幸せに思えた。

無粋者の私が、こうして曲がりなりにも生きていられる。
ほんとにありがたいことだ。
感謝。








人は生活していると、判断や選択をせねばならない。
あれとこれとどっちを買うかとか、こっちとあっちとどっちの手段で行くかとか、これにこれとあれのどっちを組み合わせて着るか、今行くか後にするか、とか。

その選択、判断の数は、どうしようもないくらい膨大だそうだ。
で。まあ普通の状態なら、そんなことを難なくできる。
でも、それが難しくなることがある。
小さな石につまづいたように、はたりと止まってしまうことがある。

昨日のこと。
父親のホームに母親を連れていき、母親の介護保険のことやショートステイのことや、それに付随する手続きのことをホームのケアマネ職員さんに聞いていると。
あらまあ、どんどん言葉が抜けていく。
聞いているのに、理解できていない。
かかりつけ医にもらわねばならない「なんとか情報書」というのも、数回聞き直したが、今朝になるとこうして忘れている。

思えば、ずっと選択続きだった。
自分のことはともかく、両親に関する判断をし続けてきた。
どこの病院にするか、先生にどう説明するか、手術をどうするか、どの手術にするか、それをどう親に言うのか、説明してもわからない場合どうするのか、入退院はこれで良いのか悪いのか。
日常を含めると、ありとあらゆる判断と選択は、一人でしてきた。

ここにきて、そのツケが回ってきた気がする。
もうどうにもアタマがまわらない。
アタマの芯のほうがヨレてしまっている。

もうちょっと、もうちょっとで、余裕ができる。
そう思ってはいるのだけど、目の前のことごとに、視界は益々狭まっている感じがする。


そのせいか、いつも同じものを着ている。
選択ならぬ、洗濯しては着まわしている。
靴だってそうだ。ちょうどケガをしたせいで、この夏はその時に買ったクロックス。
これからもきっとクロックス一択の予感。
この一つがどこまでもつか。

いかんだろう。これじゃ。
いやいや、これも身を守る手段。
どっちだ。

ううむ。
どっちか、さっぱりわからん。




親の家の玄関外。
そこの電気がつかなくなった。

何時から何時までとタイムセットしてあって、その時間だけつく。
それが、パタパタと点滅してしまう。
数年前に替えたばかりのLED電球、もう壊れてしまったのか。
(このLED、メーカーがいうほどもたない。大枚はたいて買った調光対応のものなど、あっという間に壊れた)


数年前には、自分で脚立を運んできて、そこに乗って交換した。
そんなことができた。
もういまや、その照明器具を見上げてため息をつくだけ。
こりゃ無理だわ。

近くの電気屋さんに来てもらったが、原因がわからず、オジサンは、タイマーの説明書を見て、逃げ腰になった。
「私、電球の交換ていわれてきただけですから」
そして、出張代2200円を手に、ほんとに逃げ帰ってしまった。

で。次。
もっと若い電気屋さんに頼んだ。
彼は、スマホを片手に仕組みを調べたり、電圧を測ったり。
それでも、原因がわからない。
汗だくになりながらも、その若い電気屋さんには、プライドがあった。
逃げ帰るわけにはいかないのだ。


結局のところ、やはり電球の不具合ではあった。
長い時間つけていると、突然消える。
そういうことがLEDには起きるらしい。
まだまだ未知の部分のあるものなのだろう。

新しい電球を入れ直し、前の電気屋のオジサンが力任せで、ネジアタマを壊した所を避け、修理完了。

もうホメた。
ホメたたえた。
拍手した。
ほんとにありがたい。

ついでに、家の中のスイッチ周りが外れかかったところなど直してもらう。
接着剤で貼り付けようとしていたのに、原因は内部のネジの緩み。
そうか、そういうことか。

便利なこの世の中で、その仕組みひとつわからず、生きている。
インターネットも、こういうアナログなことも。
何一つ、わからない。

そしてすでにチカラもない。

もうさあ、ホメます。
いくらでもホメたたえ、感謝しますから、どうか高齢者を見捨てないでね。
そんなすがるような気持ちになる。

街の電気屋さん。
頼りにしてます。