若いプロレスラーの女の子が亡くなった。

 

ネットでの誹謗中傷で、「心が折れた」ということだという。

おそらく、すさまじい数とすさまじい言葉たちだったのだろう。

 

私は、SNSでは、このブログとツイッターをしている。

そして、ブログよりツイッターでの数行を書くほうが、緊張する。

ものすごく緊張する。

(ブログは、見てくださる皆さまのお顔が、なんとなく想像できるのです)

 

何回か読み返し、これでいいかと思わないと投稿しない。できない。

 

それでも、ナニカシラを言ってくる人たちはいる。

 

特に、先だっての検察庁法案に関しては、より以上神経を使い、穏やかな二行の表現にした。

それでも、汚い言葉でからんでくる人がいた。

それはごくごく少数の人だったが、なんともイヤな気分になった。

 

尊敬する湯川さんのように、どんな相手とでも、一応は対話をするという姿勢は持ちたい。

とはいえ、湯川さんであっても、あまりに酷いツイートはおそらく無視していることだろう。

 

それでも、この人ならダイジョウブかもという人とはお話をした。

ツイートのやり取りをした。

違う意見、違う政治信条、そんな違うことだらけでも、もしかしたら話せばわかる。と思いたい。

 

実際、良い感じでお別れできたツイートもあった。

人を信じたい気持ちになった。

 

 

でも。

初めから関わりを拒否して攻撃、と思われるものもある。

それが批判ではなく中傷というものだろう。

誹謗中傷。

 

字面から見ても、やりきれなさがわかるこの言葉。

 

私は幸い、こうしてSNSを続けていられるが、どうにも「心の折れる」状況に置かれる人は多い。

 

匿名の恐ろしさは限りがない。

匿名の人とやりあうのは、舞い上がった砂漠の砂を相手に闘っているに等しい。

その実体の見えなさは、コロナよりおそろしい。

 

 

汚い言葉。

これは、たとえどういう信条をその人が持っていても、使ってはいけないものだと思う。

 

時々、ツイッターを止めたくなるのは、右系でも左系でも、同じように汚い言葉が飛び交うときだ。

汚い言葉は、汚い言葉を呼ぶ。

汚い言葉は、綺麗な心を侵食する。

綺麗でありたいと思う心を侵していく。

そして。

汚い言葉は、自分自身を汚していく。

 

これほど怖いことはない。

 

言葉は一方に発するだけではない。

必ず自分に帰ってくる。

知らないふりしても、自分を偽ることはできない。

だから、自分自身をキライにならないように言葉を選ぶしかない。

 

 

この若い女の子の魂が、なんの悪意や汚れからも守られ、美しいまま天に昇っていくことを祈りたい。

 

 

 

誰か、どこかのエライ人が言っていた。

歳をとってイヤなのは、昔のことを思い出すことだと。

 

夜中の二時過ぎに目が覚めた。

それから眠れなくなった。

 

子供の頃、静岡の藤枝というところに転校して。

その小学校の頃の友だちの顔が、浮かんできた。

顔や、出来事や、廊下の木の色や、ガラス窓や、そこから覗き込んでる私たち子供の顔や。

いろんなもんが浮かんできた。

 

そんで、名前を思い出してみた。

顔を思い出してから、名前を思い出す。

 

驚いたことに、次々と思い出す。

フルネームで、あるいは、姓か名のどちらかか。

 

なんでこんなに思い出すんだろう。

私、もう死んじゃうのかなあ。

急にアタマが良くなったのかなあ。

 

(いや、その危惧はなかった。朝、起きてみると、カラダはとりあえず動くし、アタマも元のように錆びつき始めている。)

 

 

夜中に現れた木の校舎や、行き帰りの田んぼ道や、雨の匂いや、砂利道の音、思い出したい先生、思い出したくない先生、そして友だち。

 

夢と現の境界がだんだんぼやけて、朝方また眠った。

すべてが、まるで夜中の劇場か映画のように、開かれ、そして閉じた。

 

 

人生はやはり「短い夢」のようなもの、なのかもしれないなあ。と思った。

 

これからどんな風に生きようか、生きられるのか。

コロナのおかげで、自問自答の時間が増えたせいか。

 

そして。

どうせ「短い夢」なのだから、好きなように生きたいと思うようになった。

任を果たし、でも、好きなように。

これが、何よりムズカシイのだけどなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくらなんでも髪やばくね。

と、意を決し、美容院に行く。

 

ここは連休明けから再開している。

いったいどうなってるのか、不安に思いながら入ると。

席たちが間引きされ、マスクも双方がしたままという状態。

 

これで果たしてカットやシャンプーできるのかと思うと、耳のヒモをはずし、医療用テープで頬に貼ってくれる。

念には念を入れ万全を尽くす体制。

 

「一か月休みました」

と、経営者でもあるYさん。

 

「5千万なくなりました」

全部で三店舗の経営は、これほどにタイヘンなことなのだ。

それでも、何より従業員の生活を守る、それが経営者。

 

良かったねえ、ここで働いていて。

と、シャンプーしてくれる若い男の子に言うと。

ええ、本当に助かります、と笑顔だ。

 

Yさんは、キャプテンなのだなあ。

いろんな命を預かる船の船長さん。

お客さまはもちろん、従業員すべても守らねばならない。

 

ああ、経営者って、タイヘンなものだなあ。

 

 

そして。

三か月ぶりの原宿表参道は、これまで見たこともない街になっていた。

店は閉まり、人も少ない。

いつも外国人ばかりで、ぶつかりそうな歩道は、閑散としている。

 

こういう東京は、あの大震災以来だ。

 

でも、せっかくだからとカフェに寄ると。

メニューがない。

 

一枚の小さな紙が差し出され、そこにバーコード。

それをスマホに取り込むと、メニューが出てくる。

 

店員さんもマスクをして最小限の言葉しか発していない。

えっとこれってどうしたらいいんでしょう、なんて聞いちゃダメよな空気満載。

 

こうして時代が変わっていくのだろう。

コロナ前コロナ後で、確かに変わっていくのだろう。

 

でも。

字がすごくちいさいんですけど。

スマホ画面だと、どうにも見えにくいんですけど。

 

 

そんなつぶやきは、喉の奥にしまう。

とりあえず、きちんとしまう。

 

そうだ、もう変わっちゃうんだ。

時代。

 

みんながマスクして、笑い話す。

みんながくっつかないよう、触んないよう、暮らす。

 

 

夜。

つけたテレビに名古屋の喫茶店が。

コロナ前のレトロな店には、大勢の人が出たり入ったりして、大声で笑い、しゃべってる。

狭い椅子にひっつくようにしてコーヒーを飲んでサンドイットを食べてる。

 

もう戻らないのかなあ。

 

目がじんとした。