網膜裂孔という、突然網膜に穴が開く症状で眼科で治療を受けてから、定期的に通うようにはしていた。
でも、なかなか足を運べないまま、一年以上はゆうに過ぎてしまった。

ここしばらく目の痒みで目を擦ってしまうこともあり、意を決してクリニックに行く。
眼科医には女性が多い。
どの女医さんも親切で、腕もいい。

そのせいか患者もいっぱい。
その中、車椅子の女性がいた。
夫らしき人と一緒で、背筋を伸ばし凛とした姿で座っている。

おそらく70代であろう二人は、ちょうど私の順番と近いせいで、入れ替わりのように名前を呼ばれ、出たり入ったりする。
(昔と違って、今の眼科は必ず検査をする。頼んでないよと思っても、視力検査など。なので出入りが頻繁になる)

その女性の名前が呼ばれたが、二人がいない。
どうやらお手洗いに行っているようだ。
女性トイレに夫も入って、手伝いをしているらしい。
出てきた二人、女性は変わらず凛としている。
その車椅子を定位置に停めると、夫がため息をついた。
ふうううう。
疲れちゃっただろうなあと、思いながら、とても他人事には思えず、二人を見てしまう。

つけている時計などから、豊かな暮らしをしていることはわかるし、自由な時代を過ごしてきたこともわかるジーンズ姿だが、時に容赦はない。
こちらも、ふうううとため息をつきそうになる。

ほんとに容赦のない時の流れ。
ちょうど安保闘争、学生運動を取り上げたバタフライエフェクトを見ていたばかりだった。
この二人も、あの若者だったかもしれない。

女性の名前が呼ばれる。
「すみません、よろしくお願いします」と、夫は妻を看護師に託す。
ふううううう。
安堵の深いため息が聞こえる。

瞳孔を開く目薬をさされた私は、安定しないボウとした目で、待合室にいる。
どこにも人がいる、一人一人の物語がある。
どれもが、尊い物語であることに間違いはない。