やっと父親のホームに行く。
半月の面会禁止。
コロナに罹患してもいたので、どんなふうになっているかドキドキしながら、母親と待つ。

出てきた父親は、車椅子ではなく、手を引かれ、それでも、私たちを見ると、おおおと嬉しそうにする。
「来てくれたのかあ、悪かったなあ」と喜ぶ。

ボケ具合がひどくなっていることを覚悟していたので、嬉しいのと一緒に、神々しいような複雑な気持ちになる。
こんなになっても、父親はこうして生きている、でも、どこかこの世離れしたような目に、畏敬の気持ちを持つ。

元気だった?と聞くと、元気だったよ。
どこか具合悪い?と聞くと、どこも悪くない。
ご飯食べてる?と聞くと食べてるよ。

その身に起こった事ごとは、すっかりどこかに消えてしまっているのか、どこかへすっかり片付けてしまっているのか。
面会禁止前より、もっともっとどこか遠くへ近くなったような、そんな透明さが増している。

父親を真ん中に、母親が右手、私が左手を包む。
両手からエネルギーチャージですねえと、職員さんが微笑む。
冷たい父親の手は、時に驚くほど強い力で握り返してくる。
この人は、本当に強いカラダを持っているのだった。
歯もすべて残っているし、骨格も大きい。

母親の夢に出てくる父親は、若いままだそうで、なかなかいい男のまま登場するらしい。

これから三人でどこ行こうか、というので、もうどこにも行かなくていいんだよと
言うと ちょっと安心したようになる。
もうどこにもがんばって行かなくていい、そのままでいい。

父さん、もうがんばることないよ、よかったね。
と、耳もとにささやく。