もう二十年も前だろうか。
その頃、NHKにはテントのような特設建物がNHKホールの脇にあって、生放送などしていた。
実験的なこともしていて、その一つが私が司会をする歌番組、そこでゲストのお一人として出演されたのが若き日の井上芳雄さんだった。

その前から、私のオリジナル「わたしは青空」を歌ってくれていたことでお会いしてはいたが、番組での共演は初めて。
芳雄さんにとってもテレビはまだまだこれからという時期だったと思う。

後日、収録した番組をスタッフ全員で観ることになり、終わってからの芳雄さんの紅潮したような晴れやかな顔が忘れられない。
「ぼく、自分の歌うところって初めて見ました。思っていた以上に伝わるものなんだなあと思いました」
舞台で精魂込めて歌う魂が、ちゃんとお客さまに届くのだと芳雄さんはその時に確信したのだった。
まだ二十代の若者は、その時に自分の翼の大きさと強さを知ったのだろう。


昨日、有明ガーデンシアターというでっかいホールでの芳雄さんのコンサートにうかがった。
7000人を前に、芳雄さんはまるで自分の大切な部屋にお客さまを招いたかのような親近感と落ち着きと、そして磨きのかかった、軽妙洒脱なおしゃべりと、オリジナルとミュージカルの双方を歌う。

誰も傷つけない、でも、その場での自分の見つけた言葉で紡ぐおしゃべりは(歌はもちろんだけど)芳雄さんがこんなに立派な大人のエンターテナーになったことの証明でもあった。
知的で愉快で誰一人不愉快にさせない、取り残さない、こういうおしゃべりができる人はそういない。

立派になって、こんなに立派になって。
親にでもなったような気持ちで胸は熱くなる。

歌はもちろん進化を続けている。
どこか甘い、でも空気を抱き込みながら突き抜ける声の響きに、また二十年前のことを思い出した。

前述のテレビ番組リハーサル中のこと。
芳雄さんの歌声を客席で聴いていた女性ディレクターが感に耐えたかのように、ため息のように、独り言のように発した言葉。
「なんてゴージャスな声」

昨日、何度もその言葉を思い出しながら聴いた。
なんてゴージャスな声。
なんて気持ちの良い声。

もっともっと歳を重ねて、もっともっとゴージャスは色を深めるだろう。
それを聴くために、長生きしなきゃ。な。