ナンチャッテをつけて、ナンチャッテシャンソン歌手と名乗っていた日々が長い。
今でも時々、そんなことを口走ってしまう。

それだけどうも「後ろめたさ」があるからで、これはシャンソンと共に長く生きて来られた先輩の方々への後めたさだと思う。
昨年のコンサートでゲストにお招きした瀬間千恵さんだけでなく、尊敬する先輩方はたくさんおられる。
その方々と比べ、シャンソンにドップリつかることもなく、いまだに知らない歌ばかりという自分には、胸を張ってシャンソン歌手といえない気持ち、それが後ろめたさだと思う。

昨日、3月にある「蛙たち創業60年記念コンサート」のリハーサルに行った。
「蛙たち」は、銀座コリドー街の風情あるシャンソニエ(シャンソンの店)。
私も何回も出演させていただいている。

そこで、経営者のマダム北村さんが。
「Nさん、ご主人を亡くされたそうです、昨年暮れに」。
驚いた。その同じ月に、私は、その方の歌う姿を拝見している。
おそらく現在、最年長の歌い手Nさん。
そのNさんは、凛と背筋を伸ばし変わらぬ声で、素晴らしい歌を歌っておられた。

亡くなられたご主人は、誰よりもNさんのファンだった。
長い長い年月、その大きな愛に守られ包まれ、Nさんは歌ってこられたのだろう。
もう「私の神様」を歌えないとおっしゃるんですよ、とマダム北村さんが言う。
このピアフの名曲を、でも、また歌われるNさんを思った。
きっとものすごい素晴らしさだろうと思った。

歌はいつでも歌い手のそばにいる。
現実がどれだけ厳しくても、歌はそこにある。
シャンソンは特に、歳を重ねるにつれ、寄り添い励ましてくれる歌が多い。
フランスの歌なのに、なんだってこんなに近いんだろう。

今でも、おそらく私はナンチャッテシャンソン歌手なのだろう。
その真髄など、きっとわからぬまま歌っていくのだろう。
でも、これだけはいえる。
シャンソンと関わって、本当に良かった。