心配していた父親のケガも、まったく大したことはなかった。
スタッフのかたのいうように、そういえば眉からおでこあたりが、ちょっとアオナジミになってはいるが、本人もいたって元気。
「どこも痛いとこない?」
「ないよ、元気だよ」

こうして父親の入所から二年が経った。
脚が弱ったこと以外、そして、時々の体調不良以外、思ったほどアタマの具合も悪くならない。
英語のスペルも読めるし漢字も読める。
こんなことなら家でなんとか、と家族はつい思ってしまうが、こんな平穏がプロの手で守られ続いていることは明らかだ。
今年一年も本当にありがとうございました、とご挨拶しつつ帰宅する。

ホームからの帰り、近くの大きなお寺の境内で、毎回のように涙し、そこで気持ちを入れ替え母親の待つ家に戻っていたが、そういえば、そんなこともだんだんに少なくなっている。
月日は人を慰め、ちょっとだけ強くする。


一昨日のライブでは、遠方からのお客さまもいらした。
88歳のお母さまもご一緒の、広島の親孝行息子さんやら、福知山脱線事故のチャリティーライブからのお付き合いのかたやら、もう長い長いご縁が、いまに続いている。

19年待って、この朝、孫にやっと心臓移植の通知が来ましたと「喜び」という言葉では表せないような涙を流すご夫婦も、思えばなんと長いご縁だろう。

歌い手としての自分、そして娘としての自分。
まったく大したことはしていないし、自信もないが、でもまあ、それなりにベストは尽くしてきたんだもんなあ。
色々な方々に支えれら助けられ、なんとかやってきたんだもんなあ。
そんなありがたい気持ちでいっぱいになる。

あと一日、今年は残っている。
大掃除も何も、特別なことは何もしない。
もはやそんなチカラがない。
ただただ、私を支えてくださった多くの皆さまに、心からの感謝をお伝えしたいと思う。

いくら申し上げても足りないのですが。
皆さま、本当にありがとうございました。