ホームの父親に会いに行くと。
「傘をたたんでほしい」と会うなり言う。
うまくたためないからね、部屋に置いてあるんだと言う。
父親の具合が良くないと聞いていたので緊張していたが、その言葉にふうとチカラが抜けた。

父親は雨が嫌いだ。
雨の日には、家から駅まで自転車で傘をさして行かねばならないし、過酷な通勤電車の中、濡れた傘がどれだけ鬱陶しかったか、その記憶がずっと残っているらしい。
まったく、父親の通勤時代は、そりゃあひどかった。
殺人電車という言葉があったくらい。
人が荷物以下に扱われた時代だ。

そのせいか、雨の日に出かけることをとても嫌がるようになった。
「張子の虎じゃあるまいし」と母親は、そんな父親によく文句を言ったが、それは通勤電車を知らないせいもあったろう。

「嫌だなあ、雨に会社行くの」、95才の父親が言う。
「大丈夫だよ、ここにずっといるから出かけなくてもいいんだよ、傘ささなくても大丈夫」
「そりゃあ助かるなあ、良かったなあ」

つつと泣きそうになりながら、その髪を撫でる。
父さん、ありがとう。
父の日は過ぎたけど、もう毎日が父の日なんだ。