これまた昔。
まあ、この歳になるとたいていのことは昔といってもよくて、遠い昔やら近い昔やらの違いはあるが、まあ、大した違いはない。

で。30年ほどの昔のことだが。
新宿の小さなシャンソニエで歌を歌っていた。
その店のオーナーがなぜか私の歌が好きだと言うので、出演することになったのだが、彼はゲイだった。
これまでも何回かブログに登場した、私に唯一「結婚しない?」と言ってくれた人だが、お客も一癖も二癖もある人が多かった。

ある日「こんにちは赤ちゃん」を歌った。
全体をバラードにして、生まれた命の讃歌にしようと思った。

終わると、カウンターに座っていた一人の男性が、私に声をかけてきた。
こんな歌何で歌うの、信じられない、と言うのだった。
私は私の想いや意図を説明したが、彼に届くことはなかった、と思う。

めんどくせえなあ、と私は思った。
その気持ちの中にゲイってめんどくさいという思いがあったのは否定できない。

そして、数年経ち、店のオーナーも死んでしまい、どこかでその「めんどくせえお客」に会った。
その人は、歳を重ね柔らかくなっていた。
ナニカシラ謝罪のような言葉が聞こえた。

このことを、時たま思い出す。
自分の年齢と共に、違った思いで思い出す。
違った思いを咀嚼するように思い出す。


昨日、ぱったりと思いがけぬ空き時間ができた。
映画館に行った。
是枝監督、坂元裕二脚本の「怪物」が見たかった。

想像していた通り「怪物」ってなんなんだと終わってからもずっと考え続けることになった。
そして最後の少年のセリフ「もう僕たち生まれ変わらなくてもいいんだ」が残った。

すると、「こんにちは赤ちゃん」を嫌悪した男性のことが思い出された。
まだ若いその男性と、もっと若い私が思い出された。
私は、なんにもわかっていなかったのかもしれない。


この映画については書けない。
ただ、LGBTのことが声高に言われる今も、そして昔も、人の心は何も変わらないのだろうことを思った。
生まれ変わりたいと思う「いのち」を持った命たちのことを思った。