ジュリーの特番が放送されたらしい。
見逃してしまった。

ジュリー、沢田研二さんには、そりゃあ夢中になった。
彼の所属するザ・タイガースは、当時めちゃくちゃな人気で、私はピーとか、私はトッポとか、みんなが夢の洗濯機でぐるぐる回されているような毎日だった。

そのジュリーと、まさかテレビでご一緒することになるとは、中学生の私に教えてあげたら、それこそ失神したかもしれない。

「銀巴里」で歌い始めた頃、なぜかテレビに出ないかとお声がかかった。
聞けば「沢田研二ショー」のシャンソン特集だと言う。
ぎゃああああ。
なんで私が。
シャンソンなど越路吹雪さんしか知らず、「銀巴里」始まって以来最悪のオーディション合格者だったはずの私になんで。

ジュリー!テレビ!もうぶっ飛んだ。
でも歌ったのはエノケンの「洒落男」の替え歌だった。
大正時代の田舎者を、現代に置き換えた風刺歌、詞も自分で勝手に作った。
今なら、こんなものを放送するなんて有り得ないが、時代が甘く緩かった。
(だいたい、これシャンソンじゃないし)

もうお一人のゲストは、先輩の嵯峨美子さん。
ジュリーを真ん中にして「パリ野郎」も歌った。
生ジュリーに驚いたのは、その集中力だった。

リハーサルでは、ほとんどこの歌詞が出てこなかったのに、休憩時間の間、完璧に覚えてこられた。
今ならプロンプターで助けられるものが、当時にはなかった。
それでも紙に大きく書くことはできたはず。
ジュリーは、きっとそういったアンチョコ的なことが嫌だったのかもしれない。
おそらくそうだろうと、今頃気づく。

その時、ジュリーはシャンソンの「そして今は」を歌った。
超多忙な中、こうしてさまざまなチャレンジをする人だったのだなあ、すごいなあとまた今頃気づく。

昨夜のジュリーは、作り込んだ時代のジュリーだったろう。
彼一人で物語を作る歌。
今も時々、YouTubeで見てはモンゼツする。
ジュウリイイと、叫びそうになる。