坂本龍一さんが亡くなった。

訃報には、そのプロフィールから社会活動家的なことがらが、一切抜けているものもあった。
「世界のサカモト」という表現が、まるで「世界の山ちゃん」のように妙に浮き上がる。

ちょうど土曜日には、神宮外苑の樹木を守りたいという「人の輪」の呼びかけもあって、どんどんと美しい樹たちが切られ高い建物が建つ「再開発」に反対する坂本さんのメッセージが、その後押しをしていた。

芸術や芸能にかかわる人が政治的発言をすること。
それを嫌う人は多い。
ナニカシラの立場を明らかにすることで、「色」がつく。
そのことが、敵を作り、決して良いことにはならないということだ。
政治と宗教はタブー。
これが基本になった。

でも、坂本さんは違った。
マイクを握った。
メッセージを送った。
この国のあるべき未来を、発信し続けた。

昨年末に配信されたピアノ演奏では、命ギリギリの中、少しずつ音を奏でた。
遥かな芸術の長さと、一瞬の人の命と。
その両方の間をピアノの音が縫い流れる。

坂本さんは、かつて「銀巴里」で弾いたことがあったという。
このことは、もはや伝説のようになっていて、確か、「花祭り」という歌の途中で譜面を投げたというのだ。
こんなのもうやってらんねえ、と若き天才は思ったのか。
(でも、「花祭り」は美しい歌だ)
常任のピアニストのエキストラで来た坂本さんは、学生くらいの歳だったはずで、そのステージを見たであろうお客も、すでに天国に移られた人も多いに違いない。


もう神宮外苑あたりは、すっかり変わってしまうのだろう。
空は樹々の緑で覆われるのではなく、高層ビルで狭くなるのだろう。
通り抜ける風が、どんな色をして、どんな香りを運んでくるのか。
まだ命の残る私は、ちゃんと見届けるのだ。