桜の季節が過ぎる。
数日前の暖かい日、母親を誘って枝垂桜を見にいった。
見に行ったといっても、歩いてすぐの神社の境内。
それでも、その距離でも、今は覚悟がいる。

母親の手をしっかり握り、よちよちという速度で歩く。
濃いピンク色の枝垂桜は、よく見るともうすでに散り始めている。
でも、とりあえず間に合った。
そのそばに母親を立たせ写真を撮る。
来年のことはわからない。
今の桜と母親だ。

母親はエプロンをつけている。
なので、神社の賄いのおばあさんが立っているような風情。
曲がった背中をそらすように、懸命に立っている。
来年もここに来れますようにと思うのと、もういいんじゃないかと思うのと。
子供の気持ちは複雑だ。


父親の花見は、今年はむずかしい。
ホームの入り口にもある小さな桜まで歩くことは、もうむずかしい。
父親は、この春ずっと「寒い寒い」を繰り返している。
暑い寒いを言わない人だったので、よけい老いを感じる。
父親が寒いというと、その背中に見えない死神がへばりついているような気持ちになる。
 
先だっての美容室で。
「桜ってはかないですよね。前はそんなこと思わなかったのに」と、カラーリングしながらつぶやいた若い女の子に。
「人は自分が花の盛りの時は、桜のことなんて目に入らないものだよ」と言うと。
小さく「そうかもしれない」。


来年の桜は、春は、どうなっているのだろう。
どうなっていても、春はやってくる。
それだけは確かだ。