大江健三郎さんが亡くなって。
先だって「静かな生活」という映画を再び見た。
伊丹作品の中でも、地味なものだったけど、なんだかとても好きだった。
本でも読んで、やっぱりなんだか好きだった。

ところが、見始めるとほとんど覚えていないことがわかった。
いったい私の記憶はどこへ消えてしまったのか。
主人公のイーヨーを演じた渡部篤郎さんが、全く少年のようだったから、それほどの時間が過ぎていたのだ。
だもの、そりゃあ、新しい歌詞覚えられないよなあと、深くうなずく。

ほんとに、新しいものが覚えられない。
言い古された「指の間から砂がこぼれていく」感じだ。
どっかのトッカカリみたいな言葉にすがりつき、なんとかクリアしていく様はボルダリングにも似ている。

逆に、20代で覚えた歌詞は、今でもさらさら出てくる。
どっかが消えていても、確かめれば、その前後がきっちりつながる。
美空ひばりさんが、ドームで何十曲も歌い切って、やっぱり天才だなあと思ったけど(もちろん天才ではあるが)子供のころに覚えた歌詞はちょっとやそっとじゃ忘れないだろう。
人の記憶力ってのは、脳細胞ってのは、若くないとダメなんだなあ。と今さらにがっくり。

でも、古くなってこそわかることも多い。
古漬けが浅漬けに勝つのと同じ。
(あ、浅漬けは浅漬けで美味です)
漬物もニンゲンも発酵する時間が尊いのかもしれない。
ああだこうだと迷い考え悩む、その時間がニンゲンにとって一番重要で尊いのかもしれない。
と、いろんなことに落ち込む自分を励ますのであります。

そうそう。「静かな生活」がなんであんなに好きだったか一つわかったこと。
それは、大江光さんの音楽。
これ以上ぴったりな音楽はなかった。
光さんは、どうされているのだろう。
胸がぴしっと痛んだ。