何があっても仕方がないと思っている。
じゃあ、またねと別れて、それが最後の姿かもしれないと、いつも思っている。

その父親が明日入院をする。
その前に、やっぱり会っておきたい。
「お父さま、とても穏やかですよ」と職員さんが言う。
本当にその通りで、ちょっと前の泣いてばかりいる姿とはうってかわっている。
でも、だいたいがこういうものだ。
感情には波がある。
体調からくるものもあるから、予測ができにくい。

ただ昼食を好きな麺類に変えてもらったことは、大当たりだった気もしている。
それから体調が上向いた感じはある。
好きなものを好きなように。

昨日は、ミカンとチョコを持って行った。
その前日、昼間父親のホームでお世話になった母親が、ミカンを持参したら、喜んで食べたという。
「パパ。ミカン好きだもんね」
それから。
「可哀想よね、好きなミカンも食べられなくて」

ホームでは、栄養士さんがいる。
多くの入居者の最大公約数的な食事を用意する。
それは当たり前のことだが。
チョコを口に含んで、「これはチョコかあ」とかみしめる父親の姿を見ていると、複雑な気持ちになる。

好きなものを好きなように。
死ぬまで、好きなものを好きなように食べられたら、どんなにいいだろう。

でも、実際は、好きなものもわからなくなってくる。
あんなに納豆好きだったのに、今では見向きもしない。
今は、「焼き鳥とお酒」の希望を口にするが、本当にそうかどうかもわからない。
自分の意思で好きなものをたべられる時間、それは案外と短いのかもしれない。


ホームの帰り、近くのお寺に寄った。
一人の時はここに寄って、ぼうとする。
何百年生きているのかわからない樹々に手をあてる。
じんわりと目が熱くなってくる。

空は深い青だ。
びいびいと尾の長い鳥たちが飛ぶ。
生きてるって、ほんとに不思議だなあ。