湿度が上がっている。
こういう時は、忘れたような傷が痛む。
その存在を主張する。

今朝。
左手人差し指の脇が、きゅうと痛んだ。
こんなことは初めてで、その脇のところをつまんで、さすってみた。
まるで、ひょっこりひょうたん島のように、指本土から離れそうな気がしたからだ。


で。
思い出した。
この箇所は、これまで包丁で二度切っている。
どちらも調理の最中。
それも、老親の昼ご飯を用意しているとき。

気が急いて、ちゃちゃちゃと、段取り良いふりをして調理しているつもりが、うまくない。
包丁の切れも悪かったのだろう、刃がすべり、添えた指先を切った。

一回目の出血もひどかったが、それを親に見せてはならぬと、そこらのゴムで止血し、テープを巻く。
そして、なにごともなかったかのように、昼ご飯は終わったのだが、その後、指先が膨らんだ。
切った跡が盛り上がり、ヘンな指先になった。
ヤモリとかイモリの指先に似ている。

そして、それから、またあたふたと同じ過ちをくりかえした。
今度は、その膨らんでしまっている箇所を切った。
これはなかなかひどかった。
ビニール袋に指とティッシュを入れ、閉じる。
とにかく親に知られてはならないことしか頭にない。

その時は、ちかくの医者に行ったが、まったく役に立たず。
それほど血が溢れた。

そして。それから。
なんと、指先が元に戻ったのだ。
ジャマだった箇所が削れたので、元の指になったのだった。
ちょっと、これってなによ。な感じがした。
人のカラダが、こんなマンガみたいにキッタハッタになるのか。


そんなあれこれを、忘れそうになった今。
この湿度のせいか、その場所が、過去を主張し始めた。
同じふりしてるけど、私らほんとは前の私じゃないんですわ。
そんなカラダの声が聞こえる。

私は大した手術もケガもしてこなかった。
それが、こんな小さな傷一つで、人のカラダの不思議を思っている。
大病や大けがや、そんな経験をされた人たちの、カラダの声はどういうものだろう。

元のようでいて元のままではない。
そんな生き物としての人のカラダ。
そのカラダからの声。

これから私は、その声をもっと聞くことになるのだろうか。