あわてて家を出て、事務所近くの美容院に行き。
またドングリともいわれるようなベリーショートになり。
そして、ついでにカラーリングをし。
普段は寝ているのに、スマホを取りだしたら。

そこにはアベさんが撃たれたとのニュース。
飲み込めない塊を抱えたまま、赤坂へ。

どこへ行っても、その話を声高にする人はいない。
みんなひそひそしている。
ひそひそが、そこらじゅうをおおっている。

仕事を終え、母親の待つ家に行くと。
母親が濃い影のようになっている。
どうも調子が悪いという。
ずっとアベさんのニュースを見ていたら、なんだか具合が悪くなったという。
もう、その時にはテレビが消されていた。
その静けさが、重い。


アベさんは、68才になれなかった。
私と幾日にしか違わない誕生日。
だからいつも私には同級生目線があった。
同級生のアベくんが総理大臣になって、病気で降板して、それからまた復活して、ぺったりとしたストレートの髪がいつしかパーマヘアになって、男っぷりがあがって。
それと同時に、アベくんは強いアベさんになった。

総理大臣を止めた時、ほっとした。
これでアベさんは、またアベくんになる。
渋谷の富ヶ谷あたりの警備も、少しはゆるくなって、普通の「ただいまおかえり」の生活になれるのだろう。
それがアベくんには一番似つかわしい生活のように思えた。


今回の事件で、胸がつぶれるような思いがしたのは、アキエさんが病院に駆け付けた時だった。
自分がその立場だったらと思うと、どうにもせつない。
涙がこぼれる。
長い間二人でいたのだ。
ツガイだったのだ。

家に飛んでくるキジバトのツガイは、いつもエサを分け合う。
オスはメスがちゃんと食べてるかどうかを見て、遠慮する。
アベさん夫婦を、キジバトのツガイに例えるのはどうだろうとも思うが、ツガイの絆は、どの生き物でも強い。

ずっと一緒にいられれば良かったのに。
もう政治とかそんなことやめて。
好きなことして、二人でワイワイ言って。

会ったことも見たこともないアベさんの家のことを、こうして思う。
67才のまま、逝ってしまった人のことを思う。
「ただいま」と「おかえり」が交わされなかった、アベさんの玄関のドアのことを思う。