上野。
ここは、浅草とも同じ、異界への扉が、あちこちにある。
特に真夏に行くと、その扉がぎいと開く無音の音のようなものを感じる。

不忍池隣のライブハウス「Qui」。
ここで昨年秋に続き二回目のライブ。
平日の昼と夜だが、満員のお客さま。
ありがたいことだ。

同じメニューでいこうかと思っていたが、やはり違った。
どちらも、その時を懸命に唄うのだが、昼はやはり昼で、夜はやはり夜なのだった。

間の四時間あまりの休憩時間に、炎天下の不忍池付近に出かけたことも原因だろう。
そこには、夏の、太陽と日蔭のくっきりとした輪郭があって、それはまったく彼岸と此岸のようで、日本映画の傑作「異人たちとの夏」のようでもあった。

蓮がこちらからあちらへと、まるで蓮の地面のように続く。
そして、コチラ側には、女子高生のような姿のおじさんや、行き場所のない人たちが、隅でたむろする。
以前は、私の住む街にもいた、化粧をして踊る人たちが、ここにはいる。
居ることが許される。

何かを集めるように腰をかがめて歩き回るおじさんが、あたりに怒号をとばす。
その怒りがどこに向いているのか、どこにも向いていないだろうことがわかり、気持ちがふさぐ。

そのおじさんが私を見たので、会釈をした。
おじさんは、戸惑ったように何か言った。
怒号以外、言葉の出し方がなくて困ったように、何か叫んだ。
夏が、その叫びを飲み込んだ。


アリやハトやカモが、歩く。
お釈迦さまの池の周りを、行き場所のない人も、どこかに向かう人も、生きとし生ける者たちが、みんなここで息をしている。
一瞬時が止まる。
それが一瞬なのかどうか。
その時、たしかに私も消えていた。

こんな不思議な感覚。
これは上野や浅草のような下町にしかないものだ。
下町の記憶、とでもいおうか。
遠くからの下町の記憶。

ライブで思わず「復興節」を口ずさんだ。
関東大震災の時に、住民が避難した上野の山で、できた歌。
たしか西条八十が言葉を書いたはず。

こうして、なんだか上野の熱に浮かされたようにライブが終わった。
「ありがとう」と、お客さまに言われた。
「ほんとにありがとう」

なんだか夢の一瞬のようなライブだったなあと思う。

朝方の夢には、たくさんの人たちが出てきた。
これまで出会った人も、記憶にない人も、入れ替わり立ち代わり出てきた。
みんなに挨拶をした。

不思議な不思議な一夜になった。
私は本当に歌を唄ったのだろうか。