友人から夜電話。
先だって亡くなった母上の、四十九日法要を終えたとのこと。
「これで仏さま」になった母上は、93歳まで一人で元気に暮らし、そして一年間の施設暮らしで、それこそあっという間に天国に移られた。


たった一年。
たった一年で、子供の顔もわからなくなり、最後は肺炎。
なんとまあ早いこと。

でもさ、93才まで好きに生きてたんだから、もういいと思うよ、幸せだよと、友人は言う。

老人の一人暮らしは、思うより難儀だ。
私の母親も日を追うごと、ふうふういうようになった。
一つ一つの動作が、それまでとは比較にならないほどのエネルギーを使う。
それは、その姿を見ているとわかる。

あんなにしゃきしゃきしてたのになあ。
まるで、老人のキグルミをきているようだ。

今の家に移ったのは両親が70才のとき。
まだまだ現役バリバリ感満載で、それから少しあとに母親を温泉に連れて行った。

せっかく近くに住んだのだから旅行にでも行かねばと、親孝行のつもりだった。
二泊三日で、土地勘のある長野へ。
大盛りの蕎麦を食べ、善光寺までの道のりをひょいひょい歩く。
夜は夜で、温泉旅館の部屋でストレッチを欠かさない。
なんとまあ母親の元気なこと。

そんなことが当たり前だと思っていたが、自分がその年になってできるかといわれれば自信はない。
もうすっかり疲れてしまった。
やはり親よりヤワにできているのか。

あたしねえ、温泉って嫌いなのよ、銭湯も嫌い。旅行もいや。
そう言ったのは、それからしばらく経った頃。
なんてえこった。

誰でも温泉が好きなはずと決めてかかったのは間違いだった。
誰でも、旅行が好きなはずもない。


ゴールデンウィーク。
あちこちと人が移動する。
旅に出かける。

私は、父のホームと母の家を往復する。
この三角地帯が、今の私の旅のようだ。
先の見えない、果てしない旅のようだ。