阪神淡路大震災の後、すっかり元気がなくなった。
理屈じゃなく、カラダからチカラが抜けていく。
東日本大震災は、現地で遭遇したこともあったせいで、さらにチカラがなくなった。
生きる意味とか、これから生きていくこととか、すべてがご破算になった気持ちがした。


そして。今回のウクライナ。
二回仕事で行った、そのことだけなのに、もう距離感がわからない。
遠いのに近い。チカラがどんどん抜けていく。

そういう時は、なるべくテレビやネットなどで触れないこと、というのがココロのためには良い、ココロを助けるための方法だという。

確かに、原発を守ろうとする人たちの群れや、戦車を囲む人たちや、そういう「勇敢」の一言では片づけられないウクライナの人たちを見ると、心臓がどきどきして涙が溢れ、もう見ていられない。電源を切る、チャンネルを変える。
そんな自分が情けなくて、いや、しかたがないんだと、また悶々とする。


6年前にも、キエフに行くのは遠かった。
モスクワ経由なら近いのに、もうそれができなくなっていたので、パリ経由。
ウクライナを通り越してパリに行って、そこから3時間かけて戻る。
飛行機では寝られないので、いったい私は何日起きているのだと計算もできない。
ヨレヨレなまま着いた空港から、すぐさまロケへ。
でもその前に空港近くの小さなペンションのような所でシャワーを浴び、スープを飲んだ。
ウクライナの大地が育んだ野菜だけのスープ。
なんてことないさっぱりとしたスープ。

魔法のスープ。
今でもそう呼ぶ。
信じられないスープ。
その一杯のスープを飲んだとたん、カラダのどこかからチカラが湧いてきた。
目がぱっちりと開いて、アタマがはっきりして、さあ、なんでもこいの気持ちになった。

それからチェルノブイリに行き、また何時間、何日起きていたのかわからないのに、ずううっと元気が続く。
「そこに行ったらそこのものを食べなさい」旅立ちの前、鎌田實先生に言われた通りだった。
そこが、たとえ原発事故のあった土地でもそこのものを美味しくいただきなさい。


この意味は深い。
考えれば考えるほど深い。

そして、そのスープを飲んだときから、その後もあちこちでスープを飲み続け。
もうウクライナは遠い土地ではなくなった。
カラダのどこかに、ウクライナが入ってしまったのだなあ。