ごごごんと家が揺れる。
斜め向うのお宅の解体作業。
重機一台が、ブロック塀を壊し、植木を倒し。
みるみる、一軒の家がなくなってしまった。


このお家の住人はお一人の女性。
ご主人を亡くされた後、平屋のお宅にお一人で住まわれていた。
大正の頃から、この地におられるので、土地も広い。
質素だけど味わい深い趣の、昔ながらの東京を思わせるお宅だった。

「さみしいわねえ、知ってる人がいなくなっちゃうの」と母親が言う。
亡くなったのは、一年ほど前か。
心臓にペースメーカーがつけられたカラダで、回覧板を回すついでに、軽い世間話をしておられたようだ。

ある日、炬燵に入ったまま、眠るように亡くなっているのを近所の人が見つけた。
郵便受けの新聞や、雨戸の様子や、そんなことを気にかけてくれるご近所のかただ。

「孤独死」といわれてしまう状態だけど、ご自分の家で、いつものように暮らし、ことんと眠るように、ご主人の待つ天国に移る。
こんな幸せはないなと思える。


大正時代から続いた、このお家の歴史がこれで終わった。
つつましくきちんと暮らされていたたたずまいは、あっという間に更地になる。
それを見るのはさみしい。
どなたのお家でも、さみしい。


その前の晩。
父親から電話があったと母親が言う。
「今、すっかりご馳走になって、これから帰るから玄関あけといてくれ」
元気な声だったそうだ。
(ちょうど施設の夕ご飯後だろう)
「はい、開けときます」
と、母親は答えた。

ただいま。おかえり。
どこの家にも響いた声は、もう時空を飛んでいる。