シャンソンの先輩がたにお話をうががう。
この仕事がカタチになるかならぬか、それはわからないが昨日、今年最後のインタビューに出かけた。

この大先輩は、シャンソン教室もされていて、その様子も拝見する。
シャンソン歌手のかたは、こうして教室を持たれているかたが多い。
この前、どなたかのお弟子さんだったかたが、今は先生になることも珍しくない。

今年米寿ですとおっしゃる大先輩、有馬泉さん。
ヒザをやられましてとおっしゃるが、そのお顔はつやつやと、お話にも誠実さがにじむ。

芸大でバリトンのオペラ歌手を目指したものの、歌い手の道は厳しく。
たまたま銀座の街角で再会した、芸大での同級生、岸洋子さんに連れられシャンソン喫茶「銀巴里」に。
そんなお話をうかがいながら、もう消えたしまった懐かしい時代の香りを吸い込む。


こんな偶然が、人の生涯の道を決めていくのだなあと、私自身のことを思い出した。
日比谷公園でデートしていたボーイフレンドに、いいところを見せてあげようと連れていかれたのが「銀巴里」だった。

平日の昼日中なのに、カルテットの生演奏、そして四人の歌い手たち。
地下へと降りる階段の途中から音楽が聞こえてくる。
そんな在りし夢のような時を思い出す。

なんと贅沢な時代だったのだろう。
まだまだ貧しい時代だったけれど、こうしてあちこちに歌は流れ、希望も満ちていた。


今年最後のレッスンをされたのが、有馬先生と同年代のお弟子さん。
80歳を越えたかたの恋と愛の歌には、私などでは表せない深さがある。
歌はこうして誰もの人生に寄り添う。

そうか、私なんかまだまだなんだなあと思える。
そのことがうれしい。
まだまだ一生懸命生きて、その時々の歌を唄う。
ただ一生懸命生きて唄う。

こうしてまた励ましをいただいた。
年の瀬に、先輩から希望の光をいただいた。
80歳になった自分の歌を聴いてみたいと思えた。