まずお礼とお詫びを。
介護のことをブログに書いているので、皆さまにご心配をおかけしているようで。
そのお気遣いに心から感謝しています。
今のところ、余裕がなく、返信などもままならないのですが、温かいお気持ちはしっかりいただいております。
本当にありがとうございます。


で。
昨日は、歌舞伎の吉右衛門さんが亡くなったことで、その陰のようにひっそりと知った作詞家の喜多條忠さんの訃報。

喜多條さんは、以前にも書いたことがあるけれど、大学サークルの先輩だった。
ヒット作「神田川」の映画化で、その中に、夏休みの間、人形劇を持って地方を回るというシーンがあって。
それが私が経験したそのままだったことに驚き、その後、喜多條さんがそこの先輩だったと知った。
同じ青春を、ちょっと時代は違うけど、過ごしていたのだなあと近しい気持ちになった。

「クミコは後輩なんだ」と、稲門会の帰りに酔って言われた言葉が、すごくうれしかった。
日本作詞家協会の会長とか、エライ人なんだけれど、それが自身にはそぐわないと、どこかで思っていたような人だたと思う。
それほど放浪が似合う人で、実際、そうあった人だった。
そのあたりは、残間里江子さんが詳しく書かれておられる。(今日のブログ、そしてインタビューも)


放浪の果てに書いた詞の数々。
今でも「神田川」を唄うと「あの頃」が蘇る。
70年代の「あの頃」が胸をよぎる。
それは、切なくて熱くて、どうしようもない。

時間は帰らない。
時はただ過ぎる。

「若かったあのころ 何もこわくなかった
ただあなたの優しさが こわかった」

優しさがこわいって女にいわれたら、俺ら、どうすりゃいいんだ。と叫んでた若い男たちを思い出す。
長髪にベルボトムの男たち。
その人たちももうみんな、高齢者なんだな。

ああ、やっぱり切ない。