本を読まなくなっていた。
読んでも、小説以外。
「物語」を読みたくなくなっていた。

事実は小説より奇なり。
という言葉があるけど、日常に追われて、物語の世界に行くのに気が進まない。
そんな感じもあった。


ところが。
友人がツイッター上で、村上春樹の短編集を読んで、そのうちの一遍が怖くて怖くて夢にまで出てきたというので。
その本を送ってもらった。

村上春樹は、長編ならほとんど読んでるけど短編かあ。
と思って読み始めたら。

すすすすうと文字と物語がアタマに入ってくる。
うまいなあ、やっぱりハルキはうまいなあ。
と感心しつつ読む。

で。問題の短編。
初めから、ぐぐんと時空を引っ張られた感じ。
この世にいながら地の底や、見たことのない闇や、ひずむ空間や、そんなあれこれをジェットコースターに乗るように体験する。
ああ、これぞ小説の醍醐味だったなあ、と息をついた。

カラダごと持っていかれる快感。
文字の羅列なのに、人を違う空間に運んでいく。


ほんと、私、読んでなかったなあ小説。

自粛といっても自粛などしていられない毎日だった。
でも、嵐の日は特別。
出かけなくてもいい。

読書には恵みの台風になったけど、夕方、事務所に出かける。
タクシーの窓の風景が、もう違って見えている。
カラダが一センチくらい、浮いている感じ。


これから建つという大きなマンションが、廃墟に見える。
すべての建物はみんなそうだが、今ある、国立競技場もそうだった。
建築中の、雪に埋もれた廃墟の(ような)風景は、はっきり目に浮かぶ。


今目の前にあるものなど、しょせん夢のひとかけ。
そんなことを、よけい感じてしまったのは、やっぱりハルキのせいだ。
おそるべし。ハルキ。