以前住んでいた街の歯医者さんに、ずっと通っている。
年に数回の歯のメンテナンスもここで、衛生士さんも数人変わった。

先生は変わらない。
昔コンビニのポリ袋を持って、信号待ちをしている姿を見た時は、まだ青年の残り香みたいなもんもあったが。
今はもうれっきとしたおじさんではある。


先生は、その技術の高さはもちろんだが、穏やかなところが好きだった。
今はそんな人は少ないと思うが、昔はエキセントリックな先生がけっこういて、患者が先生に怒られる、なんてこともよくあった。


この先生は、「はい、ナントカさん」ときちんと大きな明るい声で患者に呼びかけ治療に入る。
その声に、どれだけ安心したことか。

私の治療ではなくても、隣の治療台から、その声を聞くと、ほっとした。
元気が出た。



ところが昨日。
先生らしき人はいるのだが。
声が違う。

あれ、先生変わったちゃったのかしら。
口を開けたまま、ぎいぎい歯石などとってもらいながら、隣が気になって仕方ない。


こんな元気のない暗い声は、きっと別人だ。
そうだそうに違いない。
先生、辞めちゃったんだろうか。
どうしたんだろう。
不安が募る。


メンテを終え、会計のため座っていると。
なんと奥から先生が現れた。
あの先生だった。
ご挨拶にみえたのだった。



私は思わず、ぴょんと椅子から立ち上がった。
「いろいろ大変ですよね」
先生はそんな言葉をころっと吐き出すように私に言う。
「ええ、ほんとに大変な世の中になって」
見えない傷を互いに思い遣るような。
まるで、戦地から戻った戦友のような。


帰り道。自転車に乗りながら突然涙が出てきた。
あんな先生を、あんなふうに変えてしまうなんて。
悔しくて涙が出た。

コロナは、いろんな人をいろんなふうに変えた。
いやいやかわってないとがんばる人も、変えた。
心のすみから、コロナはだんだんにそのすべてを乗っ取るように、人を傷つけた。


悔しい。
悔しくて、やっぱり涙がでてくる。