「徹子の部屋」に前橋汀子さんが出ておられて。
うちの母親など、「この人、生きてたのお」などと、いったいホントに前橋さんを知っていたのかどうか。

その訳の分からん母親も、前橋さんがバイオリンを手に取り、フォーレの「夢のあとに」を弾きはじめたら、身じろぎせずじっとテレビを見はじめた。
完全に時間が止まっている。

となりでは父親が、そうめんをわさわさ口に入れている。

私はと言えば、何か口にすれば泣き出しそうなので、何も言わない。
それほど、この「夢のあとに」は素晴らしかった。


前橋さんの、赤いドレスと長い黒髪を彩る黒いリボンのようなカチューシャ。
このかたの、来し方が、この小さな美しい曲に凝縮され、それがぽおおっと放たれる。

なんと美しいこと。
そしてなんと悲しいこと。


この歌はフランスの歌曲。
女度を三割は上げると思われるフランス語で、唄われる。
本当だったら、私も挑戦したい。
でも、もうそんな気は起らない。

前橋さんのバイオリンだけで、十分満たされてしまった。
美しく気高い高い山を見て、それでいいのだと、バカボンのパパみたいな気持ちになった。
もうそこに私が上ろうとは思わない。

この頃、そんな気持ちが増えた。
見てるだけ聞いてるだけで、十分。

これを挑戦心のなくなった老いというのか。
それならそれでいい。


「夢のあとに」を、それからいろんな方の歌唱や演奏で聞いた。
今の時代は、こうして労なくして、机の前でなんでも聞ける。
なんとまあ、申し訳ないことか。


そして。
若き日のチェロのヨーヨーマさんの「夢のあとに」に、ああああと心打たれ。
音楽って、やっぱり神さまからの贈り物だなあと思った。


なんで、なんで、こんなふうに涙が出るのだろう。
生きてきた時間や風景や出会った人や、悲しみや苦しみや歓びが、どうして、一度にわああと襲うように涙が出るんだろう。
いろんなものが混ざって発酵したように、心が切なくぐちゃぐちゃになっちゃうんだろう。


放心したようにみていた母親は、「かあさん」と呼びかけられ、はっと現実に戻った。
まったく「夢のあと」のような顔だった。