この人のピアノには血が流れている。涙も流れている。
怒りも悲しみも、流れている。そして祈りも。

桑原あいさん。

これまでも、何回か私のコンサートに出ていただいたので、ああ、あのかたね、と思われるかたも多いかもしれない。
29歳のジャズピアニスト、といってもそのくくりに収まらない音楽家。


あいちゃんてチータみたいだね。
と、ステージで言うと、その意味がわからなかった彼女は、ひょひょんとした顔をした。

チータみたいな瞬発力と集中力、そのピアノに食らいつくような姿そのものが、ほんとにチータのようなのだ。


昨日は、こんな状況の中のソロコンサート。
はじめてに出てきてご挨拶をした彼女、途中からあとからあとから溢れる涙を、払うように声を震わせる。
こんなときに聴きにきてくださったことへのお礼、自分のココロの揺れ方、そして、これからは一気にただピアノを弾きますと。

その言葉通り、最後まで一気に一時間半。


泣いた。
「SOMEWHERE」
「ウェストサイド物語」の中の静かな静かな一曲。

この曲を、あいさんは、目を遠くに放ち、一音一音の音の重なりを、祈るように弾いた。

マスクの中へ、私の涙は落ち続ける。


いつか、必ず。光がある。
光りが待っている。



終演後、楽屋を訪ねる。
「私、メンタル弱いです、いつも家で泣いてます」

それは弱いってことじゃないよ。
その涙がちゃんと音になって出てきてるよ。
だから、だいじょうぶ。

と、やはりしょっちゅう泣く私は、自分を励ますように、あいちゃんに言う。


「クミコさん、Somewhere唄ってください」
ミュージカルの中で一番好きな曲だという、あいちゃんがそう言ってくれる。

ああ、うれしい。唄ってみたい。
こんな美しい曲を唄ってみたい。

そうだ、これからの空白の時間を、この歌と取り組もうか。
ココロを空白にしないために、ココロを満たすために。
自分をぐしゃぐしゃの新聞紙みたいに思わないように。
一人一人の誰もが価値ある、愛おしい命であることを忘れないように。

そして、私自身の祈りのために。
遥かな光りのために。