「言葉もメロディーもわかりません」
と、かつて淡谷のり子さんが言われた。

たしか、歌の番組の審査員をされていての発言だった。

私の耳には、あなたの唄っている言葉もメロディも、まったく理解できない。という意味だったと思う。

なんてことをいうんだと、当時の若者(私も若者だった)は憤ったけど、今の音楽を聞いていて、時々、淡谷さんの発言を思い出す。

いやいや、音楽だけじゃない。
相手の発言そのものの意味さえ、このごろでは理解不能になっている。


昨日。
携帯電話料金の支払いについて、コールセンターみたいなところの人と話した。
これまで使用していたクレジットカードが不正使用されたので、新しいデータに変えてほしい。それだけのことだった。
そのカードは、経費の都合もあって、事務所代表のものだだった。
それでも、長い間なんの問題もなく引き落とされていた。


ところが。
それはできないという。
なぜと聞いても、決まりだという。
いつからそんな決まりになったのかときいても、わからないという。

さっぱりわからない。
相手の言うことが、さっぱりわからない。

これが同じ日本語なのかどうかさえ、わからなくなってくる。
限りないクレームや危機管理のもと、おそらくカンペキなマニュアルが作られたのだろう。いや、どんどん作られ続けているのかもしれない。


「それに関してはお答えできません」
というフレーズがひんぱんに出てくる。
え、そここそ大事なんじゃない、と思ってもそこはお答えできない、と言う。


「お答えを差し控えさせていただきます」
という、フレーズがよぎった。
あらかじめ用意された原稿を読み、それ以外はお答えを差し控える。


そうか、どこもここも、今はこんなふうになっているのか。

ああああ。
もういいや。
根負けする。
あきらめる。

そうか、こういうことか。


淡谷さん、私もなにもわかりなくなってきています。
わからないことが、どんどん増えています。
見えない壁のような、言葉を理解してもらえない壁のようなものが周りを囲んでいるような。

そんな不安が募ります。
これも、私の年齢のせいなのでしょうか、

どうにも。わからないのです。