「ここに引っ越してきて何年かなあ」
と。父親が言う。

父さんが70歳の時だよ。
と答え、少しでも脳トレになるといいと思い。
「今いくつ?」と聞く。

「ううん、75くらいかなあ」

それだと五年しか経ってないことになる。

「92歳だよ。もう。だから22年経ってる」


「ええ、そうかあ」
と父親は驚き、こちらはこの22年のうち17年ぶんが、すっ飛んでいることに驚く。

70歳で今の家に引っ越し、10年ほど経って心臓で病院のお世話になりはじめ、それからは、老人の常であろう、病院とは切っても切れない関係になった。


てことは。
おそらく父親の中では、何も起きなかった元気な自分がいるのだろうと思う。
元気な若い自分、が生き続けているのだろうなあ。


でも、そんなものかもしれない。
母親も、背中が曲がった老人になったことが、どうにも受け入れがたいらしい。

「台所がだんだん高くなっちゃってね」という。
母親の背の高さに合わせ、低く作られたシステムキッチンだけど、今はそれも高く感じるらしい。
(逆に低いキッチンは、私には腰が痛いのだけど)


時計の針は巡り巡る。

そんな歌の文句のようなことが、切実に、でも、いとおしいもののように思える。


誰もの時計の針が、まわり続け巡り続けていることを想像すると、なんだか胸がふうとあったかくなる。

みんな一緒ね。
と、安心する。

どんな時代でも、みんな一緒。
みんな一緒に越えていく。生き抜けていく。
と、少し勇気が湧く。