電話が鳴る。
表示されたお名前が久しぶりなので取ると。

ああ、クミコさん、出てくれてありがとう。
と開口一番。

「今あたしタイヘンなのよお。
前お会いしたときと人生が逆転してしまったの」


客商売をされているので、コロナ禍は相当な打撃になったはず。
ところが、それだけでなく、一緒に事業をしていた姪御さんが末期ガンになったという。
そしてその世話で、もう四カ月病院で付き添っているという。


クミコさん、お腹痛くなったらすぐ病院行ってね。

ちょうど、この頃腹痛を気にしている私は、ぎょっとして、でも、その姪御さんと同じように、なかなか検査などには行けないものなのだよなあと思う。

私の場合は、老親二人のことでもう病院いいです、な感じはある。
健診も、ここ数年行っていない。
すべてもう神任せみたいな気持ちになる。
その人の状況すべて含めて「寿命」なのだと思うことにしている。


姪もねえ、死ぬことなんかこわくないって言ってたのに、やっぱりそうじゃないのねえ、はじめ一か月って言われてたのに延命治療してるのよお。
生きたいのよ人は。


そうなんだろうと思う。

「いかなる場合でも、すべての延命治療延命処置は拒否します」と保険証の裏側に書いたけど、いざとなったら、そうもいかないかもしれない。


姪御さんの闘病は想像を絶する状態らしく、いつもはつらつとしていた、そのかたの声は別人のように弱々しい。
「もう辛くて、辛くて」

でも、あなたの声聞けて、あたし、すごく元気がでた。
もうお酒も飲んでないの、電話出てくれてありがとうね。


そうだった、酒酔いでかけてくる電話をスルーしていたことを思い出した。
ちょっと気がひけた。

「姪はねえ、すごい酒飲みだったの。だからあたしもう飲まない。でも一杯くらいいいわよねえ」


「姪御さんておいくつ?」
「64かなあ」

たいして違わない。


クミコさんの声で元気でた。ほんとにありがとう。
明日もまた病院行くわ、あたし。

こうして何回も「ありがとうありがとう」を繰り返し、電話が切れた。


ありがとう。は私のセリフです。
こんな私にありがとうといってくださって、ほんとにありがとう。


今日も、また生きましょう。
ね。