検温をして、神棚に手を合わせ、楽屋入りする。

私は宗教を持たず、近所の神社にさえ行かない。
なのに、劇場の神さまには手を合わせる。

そこには、きっと劇場の神さまがおられると思う。
舞台は、人の力を合わせてやっていることだけど、来てくださるお客さまを含め、すべてをきっと劇場の神さまは、見ておられるのだろうと思う。
見守っておられるのだろうと思う。


コロナがやってきて、人智を超えた状況になって。
それでも、なお、人は立ち上がり、工夫をこらし、努力をする。
それらすべてを神さまは見ておられるのだろう。


舞台袖の控室で「ピトレスクチーム」の知寿さんとキムさんと一緒になる。
ああコワい、ばかり言って落ち着かない、一番年輩の私の背中に知寿さんは優しく手を置き、そしてキムさんは、私のヒザに手を置く。
そして、お祈りをはじめた。

キムさんはクリスチャンだった。

目を閉じてその言葉を聞く。

「いつもこうしてお祈りしてるの?」と聞くと。

キムさんは、自分は言葉が不自由なので、その不安をこうして祈ることで消すのだという。
母国語でも英語でもない日本語で、舞台に立ってきたキムさんと、歌い手のキムヨンジャさんが重なる。

ヨンジャさんも日本語の歌詞に苦労されていた。
それでも、きっちり覚えて本番にのぞむ。
すごいことだなあと胸を打たれた。

キムさんもまたそうだった。
普通に言えて唄えて当たり前、という舞台で、しくじることはできない。
私のように、あ、間違えちゃったなんてことが許されない。

だけど、不安はつきまとう。
だから祈るのだという。

主の思いのまま、自分はここにいて舞台に立つ。
人智をこえた主の、自分はただの道具のようなものだ。
すべてを主にゆだねることで舞台に立てる。
そういうことだった。

なんて深い。


こうして、初日はどうやら無事終わった。

一日で一年は寿命が短くなった気がした。
この調子でいくと、終わるまでに八年は寿命が縮む。


化粧を落とし、眉毛のなくなった顔で、神棚にお礼のご挨拶をする。

今日はいろんな神さまたちにお世話になったなあと思った。

天上人だけじゃない、地上の神さまたちにも、心から感謝した。