このコロナ禍で、再び注目された映画とか本とか。

その中の一つ。

「復活の日」の本を、ちょっと前に買っていた。

 

この頃、こらえ性がない。

本を読み進める持久力がない。

それは要するに、老化かもしれん。

アタマ、悪くなってるかもしれん。

とは思っていた。

 

長い文章が苦手だ。

漢字が多いのも苦手だ。

スキマなく、びっちり文字が並んだページを見ると、もうそれだけでおじけづく。気が重くなる。

 

小松左京のこの本も、私にとっては長く、しかも医療系の単語が多く、だんだん飽きてきた。

この作品、1975年のもので、1980年に映画化されている。

「読んでから見るか、見てから読むか」と、たしかこんなキャッチフレーズで一世を風靡した角川映画。

 

読んでから見ようと思ってたけど、もう、見てから読んじゃう。

と見切りをつけ、Amazonプライムで見る。

 

草刈さんが、こんなに英語うまいんだ、そりゃあそうだろう。

夏八木勲さんて、このころ夏木勲さんていってて、この人の英語もめちゃくちゃうまいぞ。

おお、チャック・コナーズ出てるぞ、ジョージ・ケネディも、ロバート・ボーンも出てるぞ、ずいぶんお金かかってるなあ。

オリビア・ハッシーきれいだなあ。この人と布施さん結婚してたんだよなあ。

深作さん監督だし、木村さんカメラだし、なんかスゴイなあ。

なんて、本題とはカンケーないことに心動きつつの、二時間半。

 

 

人類が経験したことのないウィルスによって滅亡していく様は、所々、今とリンクする。

でも、当時、全世界を覆うウィルスが出現するなんて、おそらく想像できなかっただろう。

だから、「パニック映画」とかに分類にされたのだろう。

こわいよねえ、ありそうだねえ、と怖がっていられたのだろう。

余裕で怖がっていられたんだろう。

 

 

でも、今はそれが現実。

やはり事実は小説より奇なり、だ。

 

ウィルスと闘うのに、マスク一つ出てこないし、もちろん防御服もない。

マスクしろよ。と何度映像につっこんだことか。

 

 

まあ、仕方ない。

40年も昔の映画なのだ。

 

でも。

オモシロかった。

 

そうか、この世は、地球なんだ。

地球っていう天体だか星だか、そんなあちゃこちゃわからん物質で成り立っているんだ。

説明されても一生わからんものたちで、成り立ち、回っている。

 

だから「絶対」なんてないんだな。

ああ、いい天気だなあ、幸せだなあ、なんて思えるのは、奇跡に近いことなんだ。

こんな幸せが、昨日も今日も明日も続くと思っていたことが、勘違いだったのかもしれん。

いつも通り。すべて事も無し。それが奇跡。

 

 

コロナ禍がなかったら、気づかなかったこと。

人類という生き物は、いつも新しいページをめくり続けているってこと。

だから突然、そこに「終わり」ってページが出てきても不思議ではないこと。

 

 

本も映画もタイトルは「復活の日」。

ここから予想できる確実な明日への希望みたいなもんは、おそらくなかったと思う。

実際、映画の英語タイトルは「ウィルス」。

とてもシビアだ。

 

 

見終わって、あと半分残ってる本どうしようと思ったけど、やっぱり読もう。

いくつまで生きられるか、明日のことはわかんないけど、少しでもアタマの老化と闘おう。

 

明日この世が滅ぶとしても、今、木を植える。

って言葉、あったもんね。

そう、そういうことだよね。