昨日「さよなら」と書いたけど。

また一つさよならが。

 

石巻サルコヤ楽器の井上社長さんが亡くなった。

 

井上さんとは、あの大震災の時知り合った。

震災後、石巻に赴き、そろそろ帰京しようと思っていると。

 

80歳を過ぎて「泥に負けて人生終わりたくない」という楽器屋さんがいます、ぜひ訪ねてみてください、というお知らせがツイッターに入った。

 

ようやく探し当てると。

かつての繁華街は泥にまみれ、その泥にまみれた店の奥から井上さんが現れた。

 

今、ピアノを再生しようとしています。という。

 

海水の混じった水に沈んだピアノを再生する。

そんなまさか。

 

でも井上さんは本気だった。

 

鍵盤をはずし、水洗いし、干し、錆びた弦を取り換え、気の遠くなるような作業を、ボランティアの方々に混じってワイシャツ一枚の姿でやっておられる。

 

「私はこれまでいろんなことで負けそうになりました。でも、最後に泥に負けて人生を終えるのはイヤなんです」

 

 

その気迫に圧倒され、店の奥にあったグランドピアノを指し、あれを再生していただいたらコンサートをしましょう、と約束した。

 

それからそのピアノが、私たちを結ぶ希望になった。

 

ピアコと名付けられたピアノは、奇跡のように蘇りコンサートも実現した。

だんだん若返るように生き生きとした井上さんとは、それからずっとお付き合いが続いた。

 

 

でもこの十年、お会いするたび、すこしずつ老いの影が差してきてはいた。

それでも変わらずニコニコと迎えてくれる井上さんは、いったいいくつになられたのだろう。

でも、きっとずっとこのままでおられる。

 

と、意味のない確信を持っていた。

 

 

井上さん亡くなりました。

メールが届いた。

 

あ。やっぱり井上さんも死んじゃうんだ。

やっぱり死んじゃうんだ。

 

不思議な気持ちだった。

ピアコと同じように、井上さんは、ずっと「そこ」にいる気がしていた。

 

 

お通夜と告別式のお知らせには。

井上晃雄 行年91歳

 

井上さんは91歳だった。

老親とおんなじだった。

 

でも、泥になんか負けなかった大往生。

 

井上さん。

立派でした。カッコよかったです。

ありがとうございました。