母方の大叔父、ってことになるのだろうか。

その人は、商家の跡継ぎだったけど、あのインパールで死んでしまった。

 

軍上部の無謀な命令で、多くの、というかほとんどの兵隊さんが死んでしまった、あのインパール大作戦。

 

それも戦闘ではなく、餓死。

 

今でも母が愛着を込めて呼ぶその「すみあんちゃん」と言う人も、きっと南国の地で、故郷を思いながら死んでいったのだろう。

 

 

その「すみあんちゃん」が死んでしまったので、その家はそれから、哀しい運命をたどったらしい。

でもそれは、ひいては私にも関係していることなのだろう。

 

本来あるべき一人が、そこでいなくなることで、その後の多くの人たちに波のように影響を与える。

 

まさに「ファミリーヒストリー」だけど、それはほとんどの家にあったことなのだろう。

ただ、そのいなくなってしまった人たちは、本当はいるべき人たちだったことは絶対に忘れてはいけないことなのだ。

 

 

いなくなってしまった、いるべき人たち。

その無念を思う夏。

 

遠い地で、この国のいたるところで、断たれてしまった命たち。

そのことへの無念は、年々深まる。

 

それは昭和三年に生まれた両親の老いと、そして私自身の老いとの両方に向き合う年齢になったせいかもしれない。

 

 

ほんとにねえ、物心ついたときから戦争だったからねえ、いい時をみんな持ってかれちゃったわよお。

 

家を焼かれて写真もなくなってしまった母親のグチくらい、ずっと聞いてあげようっと。