天皇皇后両陛下が伊勢神宮に行かれた。
その様子を見るにつれ、ああ、もうこの方たちをこうしてテレビで拝見することはなくなるのだなあと思う。
寂しいなあ。
沿道では、両陛下を一目見ようとたくさんの人たち。
手を振る人、陛下あと叫ぶ人、ただ手を合わせる人、涙ぐむ人、そしてスマホで動画を撮る人。
このスマホで動画や写真というのが、もったいないことだなあと思う。
せっかく、そこにこういっちゃあなんだけど「ナマ」の陛下がおられるのだから、自分の目で見ればいいのにと思う。
器械なんか通さず、記録なんかせず、自分のココロの目に映し写せばいいのになあと思う。
まあ、余計なお世話だけど。
昔、「レ・ミゼラブル」の初演に出ていた頃。
まだ皇太子ご夫妻だった両陛下と、いまの皇太子さまが観劇にいらした。
終演後、ロビーで出演者全員が、お見送りをした。
後にも先にも、皇族のかたを見るのは初めて。
ひゃあひゃあわくわくとみんな連れ立って待つ。
光。まさに後光。
そんな感じで、皇太子ご夫妻が現れた。
ああ、すごいなあ。
こういうかたは、光を放つのだなあ。
白い光に包まれるように、ほのかな笑みで私たちに会釈し、そうして去って行かれた。
ほほほおおん。
違うわ、全然違うわ、私たちと。
そう、まったく違うのだった。
このたった数分、いや、もっと短い時間は、まるで夢の一シーンのようにくっきりとココロの中に収まった。
天皇制のこととか、戦争責任のこととか、それまでいろんなことをあれこれ思ってきたのに(もちろん、今でも思うところは変わらずあるけど)その光の中の人に、毒気を抜かれてしまったようだった。
違うわあ、なんだか違うわあ。
この違うわあな感じが、いったいどういうことなのか、よくはわからない。
わからないけど、なんだか手を合わせたくなる感じ。
なんだこれ。
美智子さまが常々言われる「皇室は祈りです」。
祈りのために存在するのが皇室。
そんなことが腑に落ちる。
もうすぐ、令和。
渋谷のハチ公交差点で、またカウントダウンのハイタッチで、大騒ぎなどないよう、祈るのみだ。
なんでもかんでも騒ぐなよ。お前ら。
と、ヤサグレる私でありました。