歌番組の収録に行く。

 

どこもかもカラカラに乾燥していて、スタジオには静電気が走る。

ドレスが足にちょっとまとわる。

こういうことは、これまでなかったことなので、驚く。

 

 

もうノドがカラカラですねえ、と歌い手同士で話す。

声が出しにくくて、と、みんなが同じ苦労をしている。

 

 

こういう時に、これまで唄ったこともなかった歌を唄う。

ちあきなおみさんの歌だ。

 

ちあきさんの歌は、どれも難しい。

 

簡単に唄っているように聞こえるのに、唄うとその音域の広さだったり、なにより、彼女の情感の入れ込み具合のみごとさに、自分の無力を知る。

 

 

でも、そんなこといってられない。

唄うしかない。

 

 

「雨に濡れた慕情」「夜間飛行」この二曲は初めて。

 

 

しかし。

なんちゅう歌が昭和には街に流れていたのだろう。

「夜間飛行」にいたっては、伴奏楽器が少なくて、しかもテンポが変る。

 

これを難なく唄える歌い手もすごいが、それを受けとめた大衆もすごい。

 

ああ、昭和の歌は、すごすぎる。

どれもこれもすごすぎる。

 

 

 

ちあきなおみ。

この人が、私にとっては一番の歌い手だ。

 

この人の歌を唄っていると、どこかでこの人の声が聞こえる気がする。

自分の声のどこかに、ちあきなおみが、隠れている。

 

ああ、そう唄いたい、とその時私は思う。

でも、それじゃ自分じゃない、とまた違う自分が思う。

ちあきなおみのコピーやモノマネになってはいけないと思う。

 

それに、マネできるほど簡単じゃないのが、この人のすごいところだ。

 

 

かくして、ちあきなおみは、またしても私をかく乱し、収録は終わった。

 

 

 

ああ。ちあきさん。

あなたはなんちゅう人なのですか。

 

でも。

あなたは、歌を唄うのはただご主人のためだったと聞きました。

ご病気のご主人があなたの歌を喜んで、だから、唄っていたのだと。

 

ただ一人のために唄う。

あなたはそういう人だったのですね。

 

 

ああ。ちあきさん。

 

大好き。