母親と整形外科に行く。

 

骨粗鬆症外来の先生は美しく丁寧な女医さんだ。

 

これこれこれで、訪問診療に変えていこうかと思いますというと、ああそうですかと快く納得。

 

患者は中高年が多いが、やはり90才を過ぎると通院はこたえる。

 

 

クスリのことについて確認すると。

 

「飲めなくなったらもう飲まなくていいですよ」

 

その意味がわからず。

「どういうことでしょう」

と聞くと、女医さんは少し声をひそめ。

 

「寝たきりになってしまうとかそういうことですね」

 

「ああ・・」

 

二人で顔を近づけての会話で、母親の耳も遠い。

母親には全然聞こえていない。

 

ああ、良かったと思うのと、そうか、もうそういうことかと思うのと。

 

 

 

「もう、来なくていいからね、病院。今日が最後だから」

 

「そうねえ、待ってるだけでもシンドイもんねえ」

背の丸い母親が答える。

 

 

 

ここ数年間の通院を思い出す。

 

なんだかんだいっても、外へ出るのは気晴らしにもなっていた。

 

ココロがカラダに勝っていたところもある。

 

でも、もうそれは無理だ。

 

 

そうか、そういうことか。

シンとした気持ちで医者の言葉をかみしめる。

 

冷静な医者の目には、老人の「今とこれから」がはっきりと見えるのだろうな。

たくさん見てきたのだろうな。

 

 

想像はしていた。

していたけど、それが現実になっていく。

少しずつなっていく。

 

 

「長い間、本当にありがとうございました」

女医さんに感謝を込めてアタマを下げる。

 

「お元気でいらしてください」

 

 

 

 

帰り道、いつも寄っていた駅ビルのパン屋さんに行く。

 

ここであれやこれやとパンを選ぶのが、母親の楽しみだった。

 

あれ、閉まってるよ。

 

「閉店しました」

貼り紙がある。

 

「15年間、お世話になりました。ありがとうございました」

 

 

15年だって。

母さんが引っ越ししてきたより五年後だね。

 

そうかあ、残念だわねえ。

 

 

昔馴染みに挨拶できなかったような心残り。

 

 

 

ま、いいさ。

また次の楽しみだってあるさ。

心持ち一つで。

 

ねっ。