巡査さんがね「嬢ちゃん、気を付けるんだよ」って、通るたびにいうの。
悪いヤツに強姦なんてされたら、取り調べで、そのときとおんなじ格好させられるんだからね。って。
何を言い出したのかと思った。
嬢ちゃんとは、母親のことだ。
戦前のまだ「嬢ちゃん」だった母親のことだ。
こんな昔話は初めてで、にこにこしながら話す母親のことが、内心ですごく心配になっていた。
「そうそう、近くの部落からよく牛肉の塊を持ってきてくれた人もいたわねえ。
ほら、これ美味いよっていってねえ。こおおんな大きい塊」
また初めて聞く話だ。
ますます心配になってくる。
「うちもねえ、その頃はお金があったねえ。
でも、戦争で統制受けて、それからは苦労したわねえ」
酒屋の小売りをしていた母親の実家は、戦争で、その商売が成り立たなくなっていった。
「でも、おばあちゃん、お腹に子供抱えて、いろんなことして働いてたねえ。すごいわねえ」
戦前から戦中戦後の、いろんな話が次から次へと出てくる。
これまでも、いろんな話は聞いていたけど、「初めて物語」も多くて、もしかして、このまま死んじゃうんじゃないかと、気の弱い娘は不安になってくる。
実家を、何日か訪ねられないと、こうして心配になる。
その日数が多ければ多いほど、長ければ長いほど、不安になる。
仕事をしている身としては、忙しいほうがいいのだろうけど、今はそんなふうに思えない自分がいる。
なるべく頻繁に行ってあげたいと思う。
顔を見たいと思う。
もう、昨日は今日と同じじゃないし、明日も今日と同じじゃない。
親が老いてきて、実感としてそれがわかってきた。
じわんじわんと、腹の底から切ない気持ちが湧いてくる。
でも。仕事は仕事。
さ。
後ろ髪引かれ隊、出かけますっ。