サイン会などで、CDに入れるお名前をうかがう。
「せつこ、です」
続けて。
「原節子の節」といいわれるかたもいらっしゃる。
その原節子さんが亡くなった。
いや、亡くなっていらした。
95才だという。
おばあさんになった原節子というのは、誰にとっても考えられないが。
おそらく、痩せて小さくなって、でも凛と上品なおばあさんだったろうと、勝手に思う。
「永遠の処女」なんていう、これまた勝手につけられたようなキャッチフレーズ。
その響きからくる女性像と、原さんは、でも全く違っていた。
大柄で目鼻立ちが派手で、田中絹代風な日本的なところはまるでない。
どちらかというと肉感的。
だから、小津監督の一連の作品には、原さんのナニカが封じ込められたような感じがある。
それはそれでステキで、今はすっかり消えてしまった、当時の言葉遣いなんてのも、そのステキさに拍車をかけていた。
でも、成瀬己喜男監督作品だと、原さんはガラッと変わる。
「永遠の処女」どころか、不実なオトコに翻弄される、それこそ肉感的なオンナになる。
「山の音」という映画の中で、原さんが鼻血を出すシーンがある。
上目使いに顔を上げる原さんは、ぞっとするほど色っぽくあやしい。
原さんは、自分の中に、いろんなオンナがいることを、もちろん知っていたのだと思う。
だから、もっともっと女優をつづけることもできたはずだけど、そんな自分を封じ込めたいと思ったのかもしれない。
表舞台から去って50年。
その間、パパラッチのような輩にねらわれ、盗み撮り写真をばらまかれることもなかったのは、うれしい。
この国が、イタリアやフランスでなくてホントによかったと思う。
原節子という人を敬う気持ちが、この国のマスコミにもあったのだと思う。
原さんというと鎌倉。
出演作品の舞台にも、そしてご自宅も。
これほど鎌倉が似合う人もいない。
鎌倉は、歴史ある美しい街だけど、霊気漂う神社もたくさんある。
(原さんの顔が、ときどきお稲荷神に見えることもある)
一つの顔だけではない街。鎌倉。
そんな街で、原節子さんとすれ違ってみたかったなあ。
いやいや、もしかしたら、すれ違ってたかもしれないなあ。
そんなこと思いつつ、原さんのご冥福を祈ります。
「せつこ、です」
続けて。
「原節子の節」といいわれるかたもいらっしゃる。
その原節子さんが亡くなった。
いや、亡くなっていらした。
95才だという。
おばあさんになった原節子というのは、誰にとっても考えられないが。
おそらく、痩せて小さくなって、でも凛と上品なおばあさんだったろうと、勝手に思う。
「永遠の処女」なんていう、これまた勝手につけられたようなキャッチフレーズ。
その響きからくる女性像と、原さんは、でも全く違っていた。
大柄で目鼻立ちが派手で、田中絹代風な日本的なところはまるでない。
どちらかというと肉感的。
だから、小津監督の一連の作品には、原さんのナニカが封じ込められたような感じがある。
それはそれでステキで、今はすっかり消えてしまった、当時の言葉遣いなんてのも、そのステキさに拍車をかけていた。
でも、成瀬己喜男監督作品だと、原さんはガラッと変わる。
「永遠の処女」どころか、不実なオトコに翻弄される、それこそ肉感的なオンナになる。
「山の音」という映画の中で、原さんが鼻血を出すシーンがある。
上目使いに顔を上げる原さんは、ぞっとするほど色っぽくあやしい。
原さんは、自分の中に、いろんなオンナがいることを、もちろん知っていたのだと思う。
だから、もっともっと女優をつづけることもできたはずだけど、そんな自分を封じ込めたいと思ったのかもしれない。
表舞台から去って50年。
その間、パパラッチのような輩にねらわれ、盗み撮り写真をばらまかれることもなかったのは、うれしい。
この国が、イタリアやフランスでなくてホントによかったと思う。
原節子という人を敬う気持ちが、この国のマスコミにもあったのだと思う。
原さんというと鎌倉。
出演作品の舞台にも、そしてご自宅も。
これほど鎌倉が似合う人もいない。
鎌倉は、歴史ある美しい街だけど、霊気漂う神社もたくさんある。
(原さんの顔が、ときどきお稲荷神に見えることもある)
一つの顔だけではない街。鎌倉。
そんな街で、原節子さんとすれ違ってみたかったなあ。
いやいや、もしかしたら、すれ違ってたかもしれないなあ。
そんなこと思いつつ、原さんのご冥福を祈ります。