「老人になるとですね、制御がきかなくなるんですよ。自制心みたいなところがなくなっちゃう」


一気にそういってお話をされる男性は、その昔、冷静な人だった。


その変わりぶりに、なんと答えていいかわからない。




そんなことを昨日、思い出した。




老人、とくに男性は、気難しくなることが多い。


世間のことすべてが、気に入らない。



若い時から、一生懸命マジメに働いてきて、頼りにもされてきた男たちは、時代の変化に戸惑う。




うちの父親など、まさにそう。




なんでも、リーダーシップをとり、自分が支えてきたという意識が強いほど、非力になってきた自分との折り合いがつけにくい。




実家の前のマンションで、改修工事がはじまった。



これも気に入らない。



音やホコリに、過敏に反応する。



自分の家へのイヤガラセだと思いかねない。



「お互いさまだからね」

そう言ってみる。


自分の家だって建てるときには、誰かに迷惑をかけているんだから。





でも。



そこのところの冷静さが失われている。



時々、ニュースで、隣同士で殺しあったなんて話をきくけど、さもありなんと思う。



老人は「守る」ことに必死になる。


お互いが「守る」ことに必死になって、そのあげく「攻撃」してしまう。



ヒサシがどうのこうの、アマドイがどうのこうの、植木がどうのこうの、挙げたらきりがない。




こんなに大切に「守って」きたものを、失ってなるものか。



若いときには、へへっなんて通りすぎてたコトゴトが、生命をかけた一大事になる。




老人は、やっぱり哀しい。


と、つくづく思う。





でも、ときどきノーテンキな人もいる。


めったにいないけど、いることはいる。



守るものの大小と関係なく、たまにいる。




そういう人を見ると、これがほんとの「勝ち」だなと思う。



人生の「勝ち組」「負け組」なんていう品のない言い方があるけど、ほんとの勝ちは、その人のココロ持ちにあるような気がする。




何かに執着して、排他的になるより、どんどんユルクなるほうがいい。



だけど、今度はそのユルさとボケとの境目がむずかしい。



ああ、ほんとに、うまく老人になるってムズカシイ。



至難の技だ。