「斉藤晴彦さん、死んじゃったね」


と母親がいう。



母親はちょうど誕生日を迎えたばかりで86才になり、よりにもよって、その日に熱を出した。



「人が死んじゃったどうのこうのじゃないよ、自分だってわからんよ」



でもまあ、これで一般的寿命に到達だね。86才だからね。




てなことで、熱を出した後としては元気。




そういえば、この前林隆三さんも亡くなった。



「まだまだ若いよねえ」




そうだった、このお二人とのお芝居に、両親は来たのだった。



その昔、1985年から翌年にかけてだったと思う。


青山のスパイラルホールの杮落とし。


「マック・ザ・ナイフ」というミュージカル。



めったに来ない、いや来させない両親を誘ったら、喜んでやってきた。



主役が隆三さん。


そこに晴彦さんも。


その奥さんの役が渡辺えりさん。



中島啓江ちゃんと知り合ったのも、この時。


一番若かったのが、無名の豊川悦司くん。

(もう、くん なんてよべないなあ)




顔合わせのあった日、何人かでそのまま新宿にくりだし飲んだ。


「私、明日ライブなんです」というと、晴彦さんが行くという。



ちょうど仕事もないし、行くよ行くよ。



てんで、中野の隠れ家みたいにちっちゃい場所に晴彦さんはやってきた。





「あなたはねえ、もっと大きいところで唄えるよ。そういう人になるべきだよ」



後日、晴彦さんは私に言った。






それが、どれだけ励みになったことか。




隆三さんは隆三さんで、その後の小さいライブに不思議なワイン持参できてくださった。


その不思議なワインは、なんといっていいか。



それ以後、そんな味のワインを飲んだことがない。



ブランデーのようなワインとでもいおうか。




このお二人が、今はもういない。





「なんで死んじゃったんだろう」

母親がいう。



でも、幸せだったと思うよ、きっと。


と私はいう。




あの時、舞台から客席を見た時、一人、身を乗り出してパッカと見ている客がいた。


それが母親だった。




お尻が半分しか乗ってない感じ。


よほど楽しかったに違いない。




だからさ、母さん、まだまだがんばりましょ。