免疫力があがる、仲良し夫婦になる方法。 -2ページ目

免疫力があがる、仲良し夫婦になる方法。

仕事に、家事に、子育てに。
頑張りすぎてココロもカラダも悲鳴を上げているアナタへ。

愛されて、うるおう。満たされるー
ココロとカラダを手に入れませんか。

④ああ、受け入れたくないけど、わたしがこの状況を作ったんだ。全面降伏。



わたしは、

自分が「愛されない」という思い込みをもって世界をみていて、

「愛されたいから」正しさを証明しようとしていたり、

「愛されたいから」人から認められたいと思っていたことに気づきました。



夫との心の距離をいよいよ縮めたいと思った時に、

「しっかりしていないわたし」も

「がんばれないわたし」も愛して欲しかった。



でも、これまでずっと頑張ってきたから、

「そうじゃないわたし」が自分で許可できなかったし、

「そうじゃないわたし」は愛されないのではないか、



そのことが怖くて、

そのことをみたくなくて、

忙しくしていたんです。




こわい。



こわい。



わたしは愛される価値のない女だと

烙印を押されるのが怖かった。



でも、このままがんばるのももう限界。

そんな時に、「夫の浮気」という事件を二人で作り上げたということ。



そして、「がんばらなければ、わたしは愛されない」と思っていたからこそ、

夫を頼りなくすることで、自分の存在価値を証明しようとも思っていました。




でも、その前提がそもそも違っていたら?







がんばってもがんばらなくても、わたしは愛される。

夫を頼りなくしていたのは、わたし。

実は、そうしなくてもわたしは存在価値があるし、

愛される。

もしかしたら、夫は頼れる人なのかも。





と、思った瞬間、、、、、





ぱっかーん。





これまでの夫への数々の無礼と、

実は、夫はずっとわたしのことを愛してくれていて、

それを受け取ってこなかったのはわたしの方なのではないか、

と気づいて、申し訳なさすぎて泣けてきちゃいました。





「いままでごめんね。

わたしが間違っていたました。」

夫に心からの謝罪をし、全面降伏。


「こちらこそ、ごめんね。」と夫。




それからすこしずつ、私たちの関係性が変わってきました。




もうね、がんばることはやめたの。

正確に言うと、がんばらなければ愛されないの前提でいることをやめました



がんばってもがんばらなくても、わたしは愛される。

しっかりしていてもしていなくても、

どんなわたしでも愛される。

稼いでいても稼いでいなくても。

笑っていても怒っていても、どんなときも。



そんな風に思えるようになったら、

世界が変わったように感じました。



夫が受け入れてくれたから、

ということも大きいと思いますが、

一番は

自分で自分に許可できたこと。




自分の中でなかったことにしていた、

甘えたいわたし、弱音を吐きたいわたし、ダラダラしたいわたし、

わがままなわたし、傲慢なわたし、残念なほどかっこ悪いわたしを

「それもわたし」だと受入れたこと。



ほんと、革命的でした。

生きながら生まれ変わるような感覚。




それからは、外へ外へと向いていたわたしの意識は「内」に向き、

こどもと遊んだり、夫と他愛のない話をする時間も愛おしい日々です。

ダラダラ過ごすことも、前は時間の無駄とばかりに思っていたけど、

「それもまたよし」と思えたり。

甘えることができずにつっぱっていて、一人でも大丈夫だもんと思ってたけど、

いざ甘えてみたら、それも心地いいし、夫も嬉しそうだし。それでいい。





授かり婚で、全く人間関係のないところから、

いろいろなことを乗り越えていまに至るわたしが伝えたいことは、


どんな状況からでも夫婦仲はよくなれるってこと。



そのことが、家族みんなの健康や、幸福や、ライフワークなど

さまざまなことへの基盤になる。

夫婦仲よくいることで、ほとんどの社会的な課題と言われているものを解決してしまうのではないかと思うほど。



だから、

コミュニケーションがうまくとれなくて寂しい思いをしている人には、

すれ違っているだけだよと伝えたいし、

セ ックスが心地よくないなら、心の開き方を伝えたい。

妻だから、母だから、◯◯しなければ、にはまって苦しくなっている人には、

そこから抜け出て自由に考えてもいいことを伝えたい。


甘えたり頼ったりしながら、

自分のことと、家のことと、子育てと。

その時々に応じていろんなことを大切にする生き方もできるんだってことを伝えたい。




あのときはほんとうに悲しくて悔しくて、怒っていたけど、

こんなにも愛されて、満たされる毎日があるなんて。


自分でもびっくりしています。




おわり。




























































③こうなったのは10-0とまでは言わないけど、

夫が悪いのよね?が崩れた日。



これまでの記事

離婚の危機をどう乗り越えたのか?①


離婚の危機をどう乗り越えたのか?②


わたしは、自分と夫に向き合うための方法を模索していました。


二人でだけだと解決できない。


誰かの力を必要としていました。



そして、「これだ!と思って飛びついたのは、

人間関係について深く学ぶためのセミナーでした。

目が飛び出るほどの高額のセミナーで、
蓄えもなかったわたしたち。

「そこまでしなくていいのでは?」と否定的な夫と、

対照的に「これに行かねばならぬ。向き合わねばならぬ」のわたし。


行く前から小競り合いをしながら、なんとかお金を工面して参加して。





自分と向き合わねばならぬ、

というよりも、

わたしの正しさを証明したい、


という気持ちの方が大きかったんです。

だって、わたしは、

家族のために家事も子育ても

仕事も頑張っていたんだもん。


だれかがわたしを認めてくれなかったら、

なんのためにあんなに傷ついたのかわからない。


そういう気持ちでいました。





ところが、



ところが、



セミナー中にある会話がきっかけで、


わたしはさげまんの烙印を押されました。


え?


え?


なんで?



わたしあげまんじゃなかったの?



自信満々だったわたしの心は見事に打ち砕かれました。






わたしのあり方が夫を萎縮させていた。



わたしの眼鏡が彼を頼りなく映している。




わたしが感じていることは、

それが絶対なのではなく、



いろいろな経験を経て

思い込みを身につけた

ある一つの感じ方でしかない。




わたしが絶対ではなく、

わたしが正しいもない。



自分の正しさを認めてもらえるどころか、

頭をハンマーで殴られるような衝撃を受けました。




がーん。


がーーん。


がーーーん。


これまで、自分が「絶対」だと思っていたことが見事に打ち砕かれました。



10-0とまではいわないけど、

夫が悪くて加害者で、

わたしはいろいろなことを頑張っているのに裏切られた被害者だと思っていたけど、


その前提がちがうということ。




正しいー正しくないとか、

加害者ー被害者とか

勝ち負けで争っている限り、

夫婦関係はそれ以上深まらない

という衝撃。




そして、わたしが10-0で悪いわけでもなく、

夫婦が二人のバランスでできているなら、

すべての出来事は5-5で
二人で作り上げたものだという衝撃②。




「え?それをわたしが望んだってことですか?」


「いやあ、望んでないんですけど。。。。」



顕在意識のわたしはそう思います。


でも、心の奥の方では、

実はそうなることを望んでいたのです。




???どういうこと???




ここから先は、

自分が育ってくる過程で身につけた、

家族との関係性や、

自分がもっている思い込みが
関係してくることを知っていくのでした。



わたしの子ども時代の話を交えながら、

話をすすめていきます。



わたしは、

「家族関係はそんなに問題がない」と感じていました。



大きな問題なら、
借金でとても大変な思いをしたとか、

虐待を受けていたとか、、、

そういう状況なら分かりやすいのですが、



我が家はそれなりに普通だと思っていました。




でも、どんな家族関係においても、

大なり小なり

親の一言で傷ついたり、

親の態度で愛されていないと感じたり、

子どもってカンチガイして受け取ってしまいます。




わたしは、愛されて育ったのに、


「頑張らなければ愛されない」



「自分はしっかりしなければ愛されない」


条件付きで愛される勘違いしていました。




愛して受け入れてほしいのに、

強がってしまう、

弱い自分をみせれない男勝りな女の子でした。




頑張らなくても、しっかりしていなくても

「愛してほしい」

「よしよししてほしい」

と思っていた自分をずいぶん前に封印して、



愛なんかなくても平気だもん。

しっかりすればいいんだもん。

ずっと、こんな態度でいました。



例外なく、

夫にもこんな態度で接していて、

「二人でひとつ」という意識はなく、

「同じ家に住んでいる、個人個人」という感覚でした。




その人と、いよいよ気持ち的な距離を縮めようとした時に、

怖くなっちゃったんです。

意識できないレベルで、の話ですけど。



がんばっていないわたしは愛されない


しっかりしていないわたしは愛されない



「愛されない」を前提に世界を見ているので、

それを証明するために出来事を起こしてしまうのです。



夫の浮気

「ほらね、やっぱりわたしは愛されない」




こういうことを知った時、

わたしは被害者ではなく、

思い込みが「出来事」を作り出しているということに衝撃を受けました。




次回予告:

ああ、受け入れたくないけど、わたしがこの状況を作ったんだ。全面降伏。





②「わたしはこんなにがんばっているのに、

あなたは○○ですか?!(怒)」



仕事と家事と子育ても

うまくやれている、

自称あげまんだったわたしは、

その当時は岩手県に住んでおりました。



でも、なぜか

「このままではいけない」
と漠然とした不安を抱えていました。



そして、

夫と小さい子供達を連れて上京。

いまから4年半前のことです。



無謀にも、頼れる人がいない中で

持ち前の

「なんとかなるだろう」精神で、

新しい土地に慣れる間もなく、

仕事もお互いにフルタイム。


お互いに夜勤。


そして、わたしは病院ではないフィールドで
仕事をしてみたいと、起業という形を知り、
休みがあれば学ぶために出歩くようになりました。



半年が経った頃、

「うまくいっている」はずなのに、

イライラしてばかり。

「うまくいっている」はずなのに、

上司と衝突したり、、、。


結局は仕事を辞めてしまいました。



今から思えば、慣れない中での、

仕事と子育てと家庭の両立が

うまくできなくて

バランスを崩していたのだ

と思います。



でも、当時は、
「うまくできないわたし」を認めたくなくて、



「わたしは自分が正しいと思ったことをしただけなのに、

上司がわかってくれない」

と問題をすり替えて、

自分の正しさや、認めてもらえない怒りを
主張していました。



当時の家庭の中もピリピリしていたと思います。



そしてあるとき発覚しました。







(夫の浮気事件。)





「こんなにがんばっているのに、あなたはわたしを傷つけるんだ。」

「なんか一生懸命がんばってたわたしがばかみたい。」


悲しくて、悔しくて、頭が真っ白になってしまいました。


「うまくいっている」と思っていたのはわたしだけで、

実はいろんなところがほころび始めていたのです。



その象徴が、夫のその行動でした。




事件発覚後、わたしがすぐに夫を許せたかというと、

そうではありませんでした。



ただ、子どももいるし、問題を長引かせたくないと思っていたため、


しこりはのこっているのに、表面では平気なふりをしてました。


しこりがあるから、イチイチ気になる夫の行動。


また裏切られるのではと、疑心暗鬼になっていきました。



信じたい信じれない信じたい信じれない信じたい



また怪しげな行動をする夫に対し、


平気なふりが限界に来た頃、


ついに、





「ドッカーン!!」




と大爆発。



もうこどもがいようが寝てようがおかまいなしです。


「どうして、なんどもわたしを裏切ろうとするの?」


「そんなに嫌ならもうこの関係を終わりにしよう!!」


「わたしはあなたのことを信じたいと思っているのに、それができない」



怒りと悲しみで、それまで抑えていた感情をただただぶつけました。


罵声を浴びせ、暴力を振るい、物を投げつけ、、、。



夫は呆然と受け止めるしかなかったようで、

静かに静かに受け止めて、
それ以上でもそれ以下でもありませんでした。


わたしとしては、言い返して、ちゃんと向き合って欲しかった。


静かに受け止めるだけの夫に向き合ってもらえない寂しさを感じていました。

(これは、わたしの価値観でみて、向き合ってもらえていないと感じたということ。)




別れるときは案外あっさりしているものなんだな、

寂しいなと思うキモチと


勢いで離婚して、小さい子どもを育てながらナースして、

起業もするのは、無理だなと冷静に感じる自分がいました。




こんなにあっけないものなの?


ここでちゃんと向き合わなかったら、次も同じことを繰り返す。



直感的にそう思ったわたしは、

自分と夫に向き合うことを決めました。



次回予告、

こうなったのは10-0とは言わないけど、

夫が悪いのよね?が崩れた日。