パンプキンす〜ぷのブログ

パンプキンす〜ぷのブログ

初めまして
娘がブログをひらいてくれました
恐る恐る一歩を踏み入れます
楽しい事 嬉しい事 小さな幸せな事など見つけて綴れたらと思います
よろしくね!!!

義母はとても料理の上手な人でした
家族全員が いつも美味しい美味しいと食べていた一つがかやくご飯です
今でも義弟との会話でもこのかやくご飯が出て来ます

「目分量なのよ〜」というかやくご飯を作っている横で私がメモしたレシピ
それらの私のレシピノート
もう手の込んだものは作る機会もないと次女に渡しました
昨日次女が作ってくれました
私は少し助っ人
「二人並んで作るの楽しいね」な〜んて言いながら
次女は何回も作っているそうで
次女のかやくご飯は 美味しく 懐かしく 本当に上手に出来ました


お義母さん 
あなたの味はしっかり孫娘が受け継いでいますよ
忘れたらいけないと思ったけど、、わすれたいとも思い、、でも忘れたらいけないと、、、大人になった時ノートに走り書きしたメモを先日、本を整理した時 見つけました



昭和52年の頃
私の住んでた街には 片手を包帯で吊るした人、片足を失い松葉杖でアコーディオンを弾いてる人、などよく見かけました
この人達にはお家がないのかしらと子供心に寂しい思いをしていました

ある時 父と出掛けて街で、両手両足も無くその両手足の先は汚れた包帯でぐるぐる巻きにし、、首にはプラカードの様なものと空き缶をぶら下げる、、(こういう言葉は使いたくないが、、)まるで犬か何かの様にゆっくり這いつくばって物乞いをしている白装束の男性を見てしまい、、、あまりのショックで、、


父から貰った小銭をそっと  空き缶に入れました

その帰り道に見たこうけいは 路地のところで何人かの男に囲まれ その中に一人が付けたタバコをくわえさせられていました



心の奥に鉛の様に残っています
戦争は、、、
言葉言い尽くしても尽くしきれません、、
長女「越後湯沢へお風呂に入りに行かない、⁉️」
私「行く! 行く!」嬉しいなぁ





初めての越後湯沢は やはり小説雪国を思ってしまう
長いトンネルをぬけると、、、本当だ 気持ちがなぞっています、
越後湯沢は真夏の濃い山々に囲まれ、碧空の温泉地
暑いけど、、気持ちいい 空気




今 思い切り 空気を吸い込み
心底 楽しい‼️
この風景も 美味しい食事 早朝の露天風呂、、
何もかも 思い切り楽しめます




夫は 非常に手の掛かる口数の多い人でした
、、、幼かった長女をしっかり抱きしめ、、涙したことか、、
思うと いつも気持ちが張り詰めていた、、
今は 自分時間を自分だけに使える

祖母が
若い時は苦労しても 歳をとった時 穏やかに過ごす事ができたら人として、、、言葉は忘れたけどそんな思いがどこか私の中に刷り込まれている
今がその時かも
心底 笑える 楽しめる
 足腰立つ今の時間を少しでも長く大切に、、
そして誰もが訪れる誰かにお世話になる最後の時間
子供達に にっこり笑って
「よろしく」
なんてね❗️ふふふっ

ありがとう
次女から「コンサートに行かない❓」とお誘いのLINEが届いた
「もちろん行きたい‼️」
生の音を聴くのは久しぶり 嬉しいなぁ〜


そのホールはあまり広くなく それだけにオーケストラの音は圧巻だった
本物の音が突き抜けて行く
こんなホールもいいな〜

オープニングの曲は「我が祖国、、モルダウ」
心を掴まれてしまった
聴いてる内にウクライナが過ります
祖国とは? 愛国心とは?
なんとも言えない気持ちになります
私に愛国心あるのかな〜
イヤイヤ曲に戻りましょう
曲の途中に違う楽器が入ってくる
それも 自由でおもしろい 

次は「ピアノ協奏曲ト長調」
  「交響曲第3番変ホ長調作品97 ライン」
この辺になると全くわからない
指揮者の動きは滑らかで美しい、、
つい曲に合わせて体が動きそうになるけど、、
いやいや周りは微動だにせず背中を伸ばして聴いているし、、
指先だけで曲に乗ってみる、、

指揮者の動きを見ていて フッと、、
私もホールで指揮した事があるな、、遠い昔

小学生の頃 諸事情で3ヶ月転校した事がある
転校先の小学校は県下でも音楽に力を入れてる学校で 市か県の発表会の直近だったかも、、
私は転校してすぐに指揮者をするように担任の先生から言われた
(多分それぞれのパートは出来上がっていて、、多分若い男の先生だったと思うけどその時私に嫌な思いをさせないよう指揮の役を与えてくださった、、その後私は教育てすごいな〜教師てすごいな〜、、その先生に感謝です  またそんな先生に出逢いたいな〜と
その経験が少しの自信になり自身が少しずつ変わって行った気がする)

難しくてわからない曲の間、私はそんな事を考えていた

最後は聞いたことのある曲。終わって拍手の中思わず
「ブラボー👏」と言いたかったが、、やめといた


それにしても久しぶりの生演奏は素晴らしかった

次女にありがとうです
娘との三泊四日の旅です



まずはビックリ!目が👀白黒
空港での荷物を預けるのに 今は対面ではなく機械?におき、、自分で操作、、荷物は流れて行く、、






空港内は広過ぎて搭乗口迄行き着くのも大変❗️
娘の後に着いて行くので精一杯!










そして次にホテル
あまりにハイテクすぎて、、
多分私一人では何一つとっても どっと疲れる
娘は私に必要な事のみ教えてくれる


そしてまずは長崎に来たら此処に行かないと行けないでしょうと娘




心込めて 世界平和を祈ります



2日目は娘は ホテルでリモート
<




私は今回の旅で一番行きたかった所 祖母の生まれた島 五島の有川です
高速船で向かいます

祖母の生家は鯨業に携わっていたらしく有川港内にある鯨ミュージアムへ、そこの方の詳しい説明で祖母がいつも話していた事と時代背景がわかり、、思いを馳せる




相川に行けて良かった‼️ 本当に良かった❗️




三日
娘はホテルでリモート
私は一人市内見物
1日電車の乗車券を購入して、、祖母や父から聞いていた所、、へ





父が子供の頃 おくんちを観に行ったら祖父が芸者さんと一緒だったとか、、

ホウ ホウ ここかいな



眼鏡橋近くにあったという店 よく行ったという吉宗 父や叔父が生まれた町辺
そしてせっかく来たのだから観光も
娘曰く ママは「地図の読めない女」ね
うん ママもそう思う
若い子は携帯で サーサー
私はもっぱら 地図と口のみ

長崎の人は本当に優しい、、
どんな方に尋ねても丁寧に優しく説明してくれる 又電車の路面図を見ていると「何方に行かれるんですか」乗り換え停も丁寧に教えて下さる


四日目

優しい町でした
いい風 吹いていたな〜 ありがとう



「ママ 思い残した事ない❓食べたい物全部食べた❓」うん
娘は 私が大量購入(一部は当地で郵送したけど、、)したお土産と荷物を全て持ってくれた。今回の旅は娘のおかげでストレスのかからない旅でした
ありがとう😊





大袈裟に言えば
死ぬまでに やっておきたかった事の一つ
何か長年の胸のつかえが落ちた気がする


行って良かった‼️‼️


思い立って 公園に行ってみた

キラキラひかる木々、、花々

気付かないうちに 季節は 流れ 過ぎていく



 そんな今
季節を しっかり 感じよう。。
私が ものごころついた時  母はいなかった

それ以来 ずっと祖父母 父 従姉妹に育てられた
祖母はいろんな事を教えてくれ、、
今 思うとそれが私の基盤をつくってくれたと思う
しっかり育ててくれたと思う
祖母は私が小学二年の時亡くなった
私はひどく落ち込みずっと泣いてたように思う
そんな時
信仰心のあつかった大叔父が
ばあちゃんが死んでも ○○の側に居てくれて いつも見守ってくれちょる
ためしに 夜寝る時に手を合わせて 明日朝7時に起こして下さい とお願いしたら必ず起こしてくれる
翌朝
しっかり7時に目が覚めた
私はすっかり信じ、、、それから泣かなくなった
そして夜休む時 手を合わせる習慣は今もついている
そんな祖母は生前 いつも生まれ故郷の長崎の話をしてくれた
子供心に きっと帰りたいんだろうなぁ〜
いつか連れて行ってあげたいなぁ
九州から一歩も出た事のない祖母をせめて長崎へ、、
苦労多い人だったように思う

そんな思いがいつも 心の何処かにあって、、

今は誰に気兼ねする事なく 自分の為に自分時間を使える
よく口にしていた場所 店、、など見せてあげたい

5月末を予定している
思いがけず 長女が同行してくれるという
ありがたい事である

救急車の音が聞こえる
少し遠くのようだ

眼の前の信号は青に変わったが
誰一人 渡ろうとしない

目前を救急車が通過した時
運転手さんが軽く手を挙げた
私 思わず軽く頭を下げた

なんか じわ〜〜ときて
「人て いいな〜 」

 私  変?



昔からはやとちり 思い込みの強さの感があったが時々やってしまう
今朝もやってしまった
今は自分時間はたっぷりあるのだから、、ていねいに、、
自分に言い聞かせる
次女が「これやってみる❓」と持って来てくれた「大人のぬりえ」
うん〜〜ん 今までやったことはないが、、、
次女の気持が嬉しくて、、色鉛筆を手にした


いやいや 難しい、、奥が深い、、
絵の具と違って 色を重ねても 思った色が出ない
全くの別物らしい、、
のせる色の順番を間違えると全く持って うーーーん

少しずつは慣れて来たけど
手持ちの数少ない色鉛筆では なかなか色が出ない
残された年数を考えると色鉛筆を買うつもりもない

「同じにしなくても いいんじゃない」
「だよね〜〜」
「そこ もう少し色を濃くした方がいいかも」
等 等

娘達の言葉に、、日々楽しんでいる
娘が見つけてくれた「恋するピアニスト フジコヘミング」の映画を観る
(余談だが 昨今は映画のチケットを取るのも私には大変❗️だし 出来ない。どこで、いつ、何時に上映してるかを娘がパソコンで調べ チケットを買ってくれた)



フジコさんのコンサートは何回かは行った事はある
彼女自身から放つ圧倒的な強さと存在感
そのピアノの音から出てくるころがるような情感
その映画は 「カンパネラ」だけでなく私の好きな「革命のためのエチュード」などなどフジコさんの音で今まで聴いたこともない曲も散りばめられ 小さな映画の館内は素晴らしいコンサートホールでした
その曲のどれもこれもがフジコさんの長年の積み重ねが彼女の身体からあふれでるようで圧倒されました



中学の頃 学校での音楽の時間にクラッシックを何回か聴かされた事があったがちっともわからなかった
1学年上の従兄弟はクラッシックは「すごくいいよ」と言った
学年で一、二番の勉強の出来た彼とは「脳みその違いか!!!」とかなり真剣に考えた
その当時 私にはビートルズもただただ騒がしい曲としか思ってなかった

大人になりヨーロッパに行く機会があった時
冬枯れの冷たい石畳を歩いていて、、、
大げさに言えば 頭の中でクラッシックが流れていた
曲とヨーロッパの風景、空気感がしっくりあっていたのかな〜


それからはなんとなくしっくりきて 機会があれば時々聴き、、少しずつ好きになっていく
丁寧に丁寧にいい音を聴きながら好きになっていきたい


もう一度上映館を探して観てみたい、、