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パンプキンす〜ぷのブログ

初めまして
娘がブログをひらいてくれました
恐る恐る一歩を踏み入れます
楽しい事 嬉しい事 小さな幸せな事など見つけて綴れたらと思います
よろしくね!!!

朝  目が覚めたら、、、
今日 パッチワークしょう❗️
起きた時からそんな気持ちになっている。

朝の支度をそそくさと 終わらせ。。
ジャガ ジャガ とミシンをかける
失敗しても 間違っても  平気 。。平気
集中が途切れたら、、また 後で、、

何日かして 2、4×1、4mの 私的大作が出来た
義妹の「義姉さん 出来たら写メ送って下さいね」の言葉に どこか背中押されて。。

この パッチワーク なかなか暖かい



毎日の食事は どうしても偏ってしまいがち
一人だと やはり食が細くなる。足りないのは(タンパク質)
次女が来てくれるというので、、「外食しょう❣️」
少し お高めのレストランへ、、
やはり 娘と一緒は楽しい❣️又食欲が出ます



絵の教室の友人から柚子を頂いた
思い切りにおいをかぐ、、良い匂い
柚ジャムはもう食べてくれる人もないし、、残るのいやだし、、
「種で 化粧水になるよ」
それ 面白そう!乗ってみよう❗️
私の肌 数ヶ月後には ピッカピッカになるかも⁉️


どこか 体が重くもあり年末年始 何も考えられなかったが、、

娘が 元日の提案をしてくれた
「お正月 墓参りに行くよ」
息子家族は 元旦は仕事の都合で一緒には行けないが、、前から
「正月には 墓参り 皆で行くから」と言っていた
元旦は 娘達と一緒に。。 そして息子は都合のいい日家族と一緒に夫に会いに行く



良い年明けに なりそう。。

来年も 良い年に なりそう。。。感謝です



パッチワークの得意な義妹に会い習ってる人しか分かりづらいとじかた 仕上げの仕方等を聞いた

うん うん 了解です ありがとう

時間ができ さあ取り掛かりましょう
まずは アイロンがけ
アイロン台に布を広げ、、かけ始めるが、、いつまでたっても終わらない。。布の広い事 広い事

その内 疲れ始め、、

もう 無理 ❗️ 無理 ❗️

(その時 考えました)
これを仕上げてとして 誰が喜んでくれる⁉️
(ここが 一番大事) 私に残された あまり長く無い時間
こんなことしてていいの⁉️
もったい無い

息子の為に作った事だけは 心残りだけど、、
「何となく 記憶にあるような気がする」息子の返事。
まあ 仕方ない

でも処分するには、、
そう 私が使えばいい
ミシンで シャカシャカ縫って私の布団カバーになります



また絵を再開する事にしました
ありがたい事に 街中で教室の仲間に会っても「いつから来るの」と聞いてくれる。教室はwelcomeで迎えてくれた

出されたモチーフ
何度描いても上手く出来ない。全体の形さえ描けない、、
モチーフが私には 難しすぎる、、何か理由を探しても、、
心 凹みそう、、

もう 無理❗️ 無理❗️

お茶の時間となり 皆とのおしゃべり
皆 それぞれに苦戦している なんとかやってみよう


その中で この会に誘ってくれ近しかった友人が一ヶ月前に骨折した事 ショックでした‼︎
伺うわけにはいかないので、、ラインを、、
「大変な事になりました。寝てきり老人になりました。まだリハビリ状態ですが年内には元気になれるよう頑張ります。。」彼女からの返信

今 私は どういう方法で 彼女に寄り添えるか
それを考えてる‼️/span>
家の中を片付けていると、、
時々思い出したり、、忘れていたり、、



これは長男の為に作っていた布団カバー
まだ出来上がっていない。。

長女が小学校に上がり 長男が幼稚園に入り、私には少し時間ができた
その時 どうしても子供達に何か作ってあげたかった
チクチクと手縫いでのパッチワークは無理
そこでミシンでサッと縫えいつも使うもの、、そう布団カバーを作る事にした
今見てもセンスもよくないが、三十前の私にはそれが精一杯。
久しぶりに出来た私だけの時間は楽しかった

長女のカバーは、なんとか出来、次は長男、
しかしその頃次女が生まれ、、次女にはギャザーのたくさん入ったベビーピンクの布団を作ったが 長男のカバーは、またまた子育てに追われ 仕上がっていない


先日 そんなこんなを長女になんとなく話したら
「それでベッドカバーを作ったら!」  それ❗️いい‼️

少し落ち着いたら、、次にやる事が見つかった

仕上がったら まず長男に話してみよう
たぶん「いいよ」(いらないという)と言うだろう
でもまずは長男に。

後はそれから考えよう

まずは 仕上げる事が 先かも‼️
久しぶりに忙しい娘が帰って来た

娘もあまり時間がないので 彼女自身の用事や 私の用事をサクサクとこなし、、
お昼を一緒にする約束で、、あるレストランへ
(メインは美味しくて、、写真忘れました)
私の食欲もすっかり戻った


娘と一緒だとよけいに美味しい

 子供達の毎日を大切にする為にも
私自身が背筋を伸ばし しっかりしてないといけない  ふっと感じました。。

短時間ではあったけど 久しぶりの娘との時間

元気になるし、、嬉しい
夫が亡くなって 困った事は
何を食べても 美味しいと感じられない事だ
夫が逝ったから、、、精神的に、、、そんな甘ったるいものではない
まったく 味覚がおかしいと いうしかない


今までも 食生活は大切にしてきたつもり、、
特に子供達が家にいた頃は 添加物、農薬などなど、、
そして食べる事が大好き、又文句も多かった夫にもそれなりにやってきた
子供達に思い切り食べさせるための数皿かの大皿料理
それが二人になり、、
大皿料理では何とかなったけど 二人分の料理は調味料に気を配らなければいけない、、そして減塩生活

それからの夫の入院生活
ありがたい事にコロナが開け夫の病室にいつでも行ける状態になると、、せめてお昼だけでも二人で食べる時間にしようと思った。一人より二人で食べる方が夫の箸が進むかな〜と。
だが 私はコンビニ弁当を食べた事があまりなかった
どうしても買う気になれず 食欲もなく、、パンと飲み物だったかな〜、、あまり覚えていない。。


そして 一人になった時
何を食べても、、美味しいと感じない、、
少しでも元に戻したくて 外に出た時はお昼は外食と決めたが 初めの内は塩味しか感じなかった
ある時 のびのびになっていた私の健康診断を受けると
中性脂肪がダントツに多くなっていた
何とかしないとな〜
それは私が死をむかえる前の寝込む時間を少しでも短くするには 私に出来るのは自分で自分を少しでも整えるしかない
そしてやれる事をやった時に 子供達には「よろしくね」と言うしかない
そんな事が頭を よぎった

今までは食材しか冷凍した事がなかった
おかずも冷凍⁈ 何が冷凍できるんだろう⁇
ある時図書館で借りた レンジで作るシニアの一人ご飯の本
一つ作ってみたが悪くない
早速その本を取り寄せる
又友人とおしゃべりするなかで 皆長年主婦をやってるだけに知恵をもらえる


食が細くなったシニアの今
まずは栄養。あまり手をかけず 豆皿料理 ワンプレートかな⁈
外の料理も美味しいと思うようになって来た

さあ 来月から 又絵の教室に行くことにしました
おひとり様の 生活も悪くない

時間に縛られず、、
友人とお喋りしてても 夫の夕飯を気にせず 思い切り笑える
家の片づけしてても 中断されずに済む 小さな達成感がある

まだまだ あるか、、
又いずれ、、


夫は 明るい人ではあったが 過保護に育ったためか自己中な所もあり 我儘な人でした

結婚してからは いつも心のどこかで気遣い いつも気が張っていた
。。。私に出来ることは全てやったつもり
勝手に 「お釣りがくるぐらい 尽くした」と自負してる

夫は 病室で 幸せだな〜と 何度も口にした

それでいい‼︎‼︎

彼の一生は 本当に幸せな一生だったと思う


私の今は まだ片づけに追われているが 
少しずつ おひとり様の生活にもなれてきた


残された 私の人生、、

   これから 始まる
夫の気まぐれで 買った物が出てくる 出てくる!
なんとかしたくて 思い切って駅近にある買取店に行って来た
とりあえずパンフレットに出ていた鉄製のやかんとテレフォンカード。


ついでに値を聞いてみようと◯◯のバック 夫のカフスやタイピングも。。
ところが鉄のやかんもテレカもゼロ円査定。バックは微々たるもの、、

「今 金はいくらですか?」と聞いたら
「6400円です」 内心(そんな事はない確か一万円超えるはず、、)と思ってが 黙っていた
オパールの18金のタイピンを調べて貰ったら4000円という
0円査定が続いたので つい「お願いします」


しかし
帰り道 なんか腹が立って スッキリしない
お金を返して 品物を引き取ろう、、と店に向かった

が!
対応した店員さんは左手に細いリングをしていたな〜
ワイシャツも少しヨレヨレ、、
彼には家庭があるのか⁈

この査定が真っ当な査定かはわからない
もしかして 真っ当かもしれない

 まあ いいか‼️‼️

       少し 勉強になったかも❓❓❓


何年かぶりに祭りが開催された
次女は毎年この祭りで 神輿を担いでいる
数年前からは 神輿の先頭を提灯を持って歩いている

今年開催される事は知らなかった
長女が◯ ◯(次女の名)の神輿観に行かない❓
長女が 誘ってくれた事が 今 ことの外嬉しかった
何日も前からワクワクしてた

いつもより 法被を着ている人が多い気がする
この祭りにかけるこの街の多大な熱気を感じる
大きな掛け声と大きな手拍子。。楽しい。。
次女に声かけるといい笑顔が返ってきた
最高に楽しんでるな〜

楽しかったな〜 私〜



どこまでも どこまでも 碧い空


あなたは
あなたのことが 大好きな人々の
       笑顔につつまれ


あなたは
あなたの 大好きな ご両親のもとへ


  さよなら 貴方


     またね



毎日 毎日
夫の残した衣類と格闘している
おしゃれだった夫のものが  出てくる 出てくる。。

頭一つに 何でこんなに帽子がいるの❗️
一つのジャケットの下に色の合うズボンが何着も❗️
それも黒とグレーだけでジャケットの数だけある
義妹は
「芸能人みたいですね」「だといいけど‼️」

時には 夫の写真に向かって
こんなにあって どうすればいいの💢

もう悲しいなんて言ってられない
何とかしなければ‼︎

さすがに 夫の大事な物をすぐゴミにいくのはまだ忍びない、、
それに昭和生まれは なかなか捨てられない


何とか
友人の息子さんや 甥が少し引き受けてくれるという
なるべく沢山持って行ってくれるといいな〜


少しずつ気持ち整理して、、
ひとつずつ 納得して 処分して行こう

と 同時に
私の「おひとり様生活」 少しずつ構築して行こう。。。