「時屋」

―第一章―
第一話

戦後20年が経ち、日本は経済成長を突き進む。
そんな時代の、日本の最北、北海道のど真ん中である旭川の街で育つ女の子の話。

私は小学校2年生だ。8歳になったばかり。
今日からヤハギ カズコと言う名前に変わる。今までのホンダ カズコとはサヨナラだ。
何故だろう、寂しいんだけど、ワクワクもしている。でも、子供なりに、ワクワクは不謹慎ではないか?とも思っている。何故なら、玄関先でお母ちゃんはオイオイと泣いているから。


お母ちゃん、お兄ちゃん、叔母ちゃんと私で暮らしている。
お父ちゃんがいたけど、3か月前胃がんで天国へ行ってしまった。
毎日、病院に味噌汁とおかずを届けるのをお手伝いしたけど、なんだかあっと言う間に死んでしまった。
お母ちゃんは、背が小さくて(145センチ位)、朗らかで、何と言っても「めんこい!」
めんこいは、北海道の方言だ。かわいいと言う事だけど、愛嬌がイイ!と言ったほうがしっくりくる。お母ちゃんは多分40歳位…私の記憶ではそんなものだ。
10歳年上の優しいお兄ちゃん。大好きだけど、よくおデコをデコピンする。
そのうえ、「お前の鼻は天井向いているなぁ~」と嬉しそうに鼻もデコピンする。
お兄ちゃんのせいで、私の鼻は、確かに空を向いているような気がしている。
お兄ちゃんは高校3年生だ。
お母ちゃんのお姉さんが叔母ちゃんだ。
静かで、いつもニコニコしている。タバコを吸うので洋服の上に煙も着ているみたい。叔母ちゃんの部屋はいつも曇っている。やっぱり背が小さくて(146センチ位)お母ちゃんよりは、ちょっと大きい。

その日、じいちゃんが迎えに来た。
大人達にとっては、ちゃんと下準備があり、話し合いがあり、万全だったのだろうが、私には突然にその日が来た。苗字が変わる日だ。
じいちゃんと手をつないで、近所の公園の中を通リ過ぎ、子供の足なら1時間程。
そこは、私の新しい家族が待つ家。賑やかで華やかな旭川の繁華街。
小さな家と、小さな家族から大家族の中へ。

「時屋」と言う旅館で私の新しい生活が始まった。