寮美千子さんは、「奈良監獄物語」という絵本も出しています。

 

 


絵本ですから、分かりやすいことばで、「奈良監獄」を主人公にして話がすすみます。

すてきな絵本ですが、文章のみ紹介したいと思います。


目次

□坂の上の赤煉瓦
□美しい刑務所
□明治五大監獄
□黒船来航と不平等条約
□ギス監から近代的監獄へ
□囚人たちが積んだ赤煉瓦
□五翼放射状舎房
□暗い時代
□阿修羅さまたちの疎開
□若草理容室
□花火
□監獄法の改正
□やさしさを響かせる楽器
□取り壊しの危機
■町の人々の願い
□喜びと悲しみ
□別れの演奏会
□未来への船出
資料編
・奈良監獄建築配置図
・明治五大監獄
・旧奈良監獄の歴史

 


町の人々の願い
 

町の人は刑務所長の宣言を聞いて、青くなった。
「まさか。小学生たちが、喜んで写生していたのに」
「町の誇りだ。潰さないでほしい」
人々は、保存を求める会を立ちあげた。
ジャズピアニストの山下洋輔に、会長就任を頼んだ。
設計者・山下啓次郎の孫だったからだ。

山下洋輔には、30年ほど前の苦い思い出があった。
祖父がつくった明治五大監獄のひとつ、鹿児島刑務所の保存にかかわったのだが、
守りきることができず、門だけを残して取り壊されてしまったのだ。
そのとき、彼は惜別の気持ちをこめ、
門の前にグランドピアノを置いて、ゲリラ演奏をした。
鹿児島大学ジャズバンド部の学生も、合流した。
「だからこそ、最後に残った奈良少年刑務所だけは死守したい」
彼はそういって、町の人の頼みを聞き、会長を引きうけた。

人の思いには、世界を変える力がある。
山下と町の人々の思いがひとつになり、風向きを変えた。
日本建築学会や、奈良県議会、さらに地元自治会までもが、
相次いで保存要望書を出した。

刑務所長は、おどろきの声をあげた。
「いままで、どこへ行っても、
『いつ移転してくれるんですか』『早く消えてほしい』
そんな声しか聞こえてきませんでした。
町の人から、刑務所の保存要望書が出たのは初めてです」
うれしかった、ありがたかった。
わたしは、みんなからこんなにも愛されているのだ。
この美しい建築のおかげで。

 



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獅子風蓮