寮美千子さんは、「奈良監獄物語」という絵本も出しています。

 

 


絵本ですから、分かりやすいことばで、「奈良監獄」を主人公にして話がすすみます。

すてきな絵本ですが、文章のみ紹介したいと思います。


目次

□坂の上の赤煉瓦
□美しい刑務所
■明治五大監獄
□黒船来航と不平等条約
□ギス監から近代的監獄へ
□囚人たちが積んだ赤煉瓦
□五翼放射状舎房
□暗い時代
□阿修羅さまたちの疎開
□若草理容室
□花火
□監獄法の改正
□やさしさを響かせる楽器
□取り壊しの危機
□町の人々の願い
□喜びと悲しみ
□別れの演奏会
□未来への船出
資料編
・奈良監獄建築配置図
・明治五大監獄
・旧奈良監獄の歴史

 


明治五大監獄
 

1899年(明治32)、司法省の技官・山下啓次郎は、
新設する監獄の設計を任された。わずか31歳という若さだった。
啓次郎は、欧米8ヶ国、30ヶ所を超える監獄を視察に行く。
そこで彼が学んできたのは、建築だけではなかった。
啓次郎は、こう記している。

 「幽暗惨憺たる所の監獄の建築と云ふものは
 今日は最早無くなって仕舞って居る。
 そうして其の建築たるや総て
 罪人を改善させる所の目的を以て建てられて居る」


彼は、西洋から「受刑者の人権」についても、学んできたのだ。
罪人を懲らしめるための暗く冷たい監獄ではなく、
罪を深く悔いて再出発をするための、希望の場所をつくろう。
若き建築家・啓次郎は、理想に燃えて設計を開始した。

啓次郎が設計した監獄は、日本に5ヶ所、台湾に3ヶ所ある。
1907年(明治40)に、長崎、千葉、金沢が、
1908年(明治41)には、鹿児島、そして奈良が完成した。
「明治五大監獄」と呼ばれ、どれも煉瓦や石づくりのりっぱな建物だったが、
最後にできた奈良監獄には、彼が学んだすべてが結集された。
それが、わたしだ。

しかし、時代の移り変わりのなかで
兄弟たちは、ひとつ、またひとつと失われていった。
わたしだけが、最後まで、最初の目的のまま、生きのびてきたのだ。



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獅子風蓮