寮美千子『イオマンテ-めぐるいのちの贈り物』(ロクリン社、2018.02)

 

 

文章のみ紹介しました。

絵がとてもすてきな絵本ですので、ぜひ実物をご覧になってください。

最後に、寮美千子による「あとがき」を紹介します。
 


あとがき

アイヌ民族は、北海道を中心に日本列島北部、サハリン・千島列島などの北方で暮らしてきた先住民族です。日本語とは違う、アイヌ語という独自の言葉を持っています。明治時代になり、北海道が和人にすっかり開拓されてしまうまでは、大自然のなかで獣や魚や昆布をとり、それを船で運んで交易をして暮らしてきました。交易で手に入れた漆の器や刃物などは、生活に使われるだけではなく、アイヌの大切な宝物にもされました。

カムイは、アイヌにおける神さまのこと。人間の暮らしに必要な道具や動植物はすべてカムイ、そして、それを与えてくれる存在もカムイですから、アイヌの人々は、カムイをとても敬います。なかでも大切にされたのがキムンカムイ、山の神さまと呼ばれる熊です。
「熊は、カムイモシリ(神さまの国)で、人間と同じ姿で暮らしている。人間に肉や毛皮を与えるために、外套を着るように毛皮を着て、熊の姿になってアイヌモシリ(人間の国)にやってくる。だから、弓矢で射られるときも、自ら喜んで矢に当たるのだ」とアイヌの人々は考えてきました。

わたしは最初にその考えを知ったとき、驚いてしまいました。人間中心の、とても自分勝手な考え方に思われたからです。しかし、アイヌのフチ(おばあさん)やエカシ(おじいさん)に会い、イオマンテの思い出話を聞いてまわるうちに、すっかり考えが変わりました。「熊が自分から人間のもとに来てくれた」と思うことで、いただいた肉も毛皮も、一層大切に思い、心の底からありがたく感じていたのです。
イオマンテの儀礼をすることで、その魂がカムイモシリに帰っていくのだと思ってはいても、別れはやはり胸が張りさけるほどつらかったそうです。女の人たちは、みな泣きながら見送ったと話してくれました。

「イオマンテ」のイは「それ」、オマンテは「送る」という意味。熊は大切なのでその名を呼ぶこともはばかられ、熊送りの儀礼をそう呼ぶそうです。絵本のなかの子熊との暮らしの様子や儀礼は、フチやエカシたちの思い出を書かせてもらいました。儀礼が終わり、子どもが若者になってからの物語は、わたしの創作です。「すべては、めぐるいのちのめぐみ」は、アイヌ民族の考え方とは違うかもしれません。ほんとうは「すべては、カムイのめぐみ」なのです。けれども、それをわたしたち和人にもわかる言葉に書き直すと、そのようになるのではと思い、あえてそう書かせてもらいました。

明治以降の日本政府による「同化政策」により、アイヌの人々は、大地も海も奪われて、もとのような暮らしができなくなってしまいました。それでも、アイヌ民族は生きています。自分たちの言葉を学び、歌や踊りを習い、アイヌ料理を作り、楽しみながら伝えようとがんばっています。わたしも、もっともっとアイヌのことを学びたいと思っています。
        2018年2月 寮美千子


この絵本は、アイヌ民族の熊送りの儀礼「イオマンテ」を題材に、新たに創作したものです。文中のカタカナ表記はアイヌ語、そのルビは日本語訳です。
 


解説
わたしは最初にその考えを知ったとき、驚いてしまいました。人間中心の、とても自分勝手な考え方に思われたからです。しかし、アイヌのフチ(おばあさん)やエカシ(おじいさん)に会い、イオマンテの思い出話を聞いてまわるうちに、すっかり考えが変わりました。「熊が自分から人間のもとに来てくれた」と思うことで、いただいた肉も毛皮も、一層大切に思い、心の底からありがたく感じていたのです。

私も、アイヌ民族の熊送りの儀礼「イオマンテ」については、断片的にしか知りませんでした。
ですから、この絵本を読んだ時、最初、寮美千子さんと同じように、「イオマンテ」の思想とは「人間中心の、とても自分勝手な考え方」に思われました。

しかし、その後、読み続けているともっと深い宗教性がひそんでいることを知りました。

アイヌのことを知るために、この絵本を最初に読まれることを、お勧めします。



獅子風蓮