寮美千子『イオマンテ-めぐるいのちの贈り物』(ロクリン社、2018.02)

 

 

絵がとてもすてきな絵本ですが、文章のみ紹介したいと思います。
 


(つづきです)

若者が川原にいくと、そこには小山のようにおおきな熊がいた。
とおいあの日のように、すわりこんで、ぼんやり空をながめてた。
若者がそっとちかづくと、熊は気づいてこちらをふりむき、
にわかに両腕をおおきくひろげ、ぐわっとたちあがった。
太陽を背にして、顔もなにもかもまっ黒だ。
毛皮のふちだけが、きらきらと金色にかがやいている。
若者はあわてず矢をつがえ、熊にむかってひょうとはなった。
熊は両手でその矢をおしいただくようにして、
それから、ばったり前にたおれた。

ちかづいて顔をつかみあげると、
血のりでまっ赤にそまっていた。
手も足も胸も血まみれだ。
たった一本の矢で
こんなに血まみれなはずはないと、
若者がふしぎにおもってみれば、
川原に点々と、血の跡がある。
おどろいて、その跡を追うと、
川のなかで赤毛の熊が死んでいた。

熊は、若者をたすけるために、
カムイ(かみ)の国からやってきたのだ。
いのちがけでウェンカムイ(わるいかみ)をたおし、
ここで若者をまっていたのだ。
カムイ(かみ)の国からかついできた、
肉と毛皮を手わたすために。

「わるかった、わたしがわるかった。
おまえが、ウェンカムイ(わるいかみ)に
なるはずがないのに」

若者は、声をころしてないた。
そして、小枝で石をたたき、
ひくい声でユカラ(うたものがたり)をうたいはじめた。
あの日、途中で終わったユカラ(うたものがたり)のつづきを。


(つづく)


 


獅子風蓮